2012年3月22日木曜日

誰が巨大古墳を造ったのか



※出典:加治木義博:言語復原史学会
KKロングセラーズ ムックの本
ジンム・プロブレム
真説:日本誕生 誰が巨大古墳を造ったのか
15頁

誰が巨大古墳を造ったのか
誰が巨大古墳を造ったのか

古代にあった巨大測量文明の発見
古代にあった巨大測量文明の発見



「写真」ギリシャ最古の海戦図にある万字文の盾
紀元前7世紀

「写真」鞆形埴輪
群馬県伊勢崎市(同市蔵)。

は弓を射たとき弦が跳ねて腕を痛めないように

腕につける皮製のプロテクター。

これまでは、

紀元前後から奈良に大和朝廷があったと思って疑うものはいなかった。

しかし私(加治木義博)著の

『卑弥呼を攻めた神武天皇』でよくおわかりのとおり、

そんな時代には「神武東征」はなくて、

『記・紀』がいう東征にあたるものは、

3世紀の邪馬臺戦争のことであり、

その戦場も奈良なんかではなくて南九州だった。

そのときから、

後に奈良に大和朝廷が実在したと確認できる7世紀までの

4世紀ものあいだ、日本の政治は一体どうなっていたのか?

卑弥呼政権は敗戦で完全に消えてしまったのか?

それともどこかへ移動したのだろうか?

それが後の大和朝廷なのか?

それとも、もっとほかの政権が天皇家になったのか?

謎は泉のように、はてしもなく、

後から後からコンコンと湧いてくる。

4~5世紀「倭の五王」と呼ばれる政権が実在したことは

学校でも教える。

それは仁徳天皇系の政府だとする説が有力だが、

そうだとするとそれが大和朝廷だったのではないか?

また7世紀には隋の国使がやってきて倭王に会っている。

これまではそれは推古天皇のときだとされているが、

そのときの王は間違いなく男性で女帝ではなく、

都も奈良ではない。

これまでも4~6世紀は謎だと、

心ある学者は指摘しつづけてはいたが、

その時代に奈良に大和朝廷がまだ無かったと知っていた人はゼロだった。

でも倭の五王や、

隋使と会った王が『記・紀』の天皇たちだったとすると、

都は奈良以外のどこにあったのだろう?

その王たちは一応「倭王」とされているが本当だろうか?

「倭王」なら卑弥呼政権の後継者のはずだが、

そうでなければ「邪馬壹国」の後であった可能性も大きいから、

この間題は重大だが、

実は『隋書』には

倭王ではなくて「ダイオウ=俀王」

全く別の字で書いてあるのだ。

そして倭の五王も

「確かに天皇たちだ」とはっきり証明できた学者もいない。

「邪馬台問題」は、

もともと「大和朝廷か? 他の政権か?」という大論争だった。

それが私(加治木義博)の手で、

「崇神VS神武(実は垂仁天皇)」の政権争奪戦だったことが、

山のような完全な証拠で明らかになった。

私たちはオリンピックでいえば、

いまだに卑弥呼や邪馬台国は謎だと思いつづけている人たちを、

はるか後方に引き離して、もうゴール直前にいる。

あとはこの謎の4~6世紀のことさえわかれば、

優勝・金メダルはまちがいなし!

というところまできている。

この本はそれをイッキに解決して、あなたはゴールに飛びこめる!

なぜ、そんなことが可能なのか?

それはこの「謎の4~6世紀」には、

動かない巨大な「証拠」があるからなのである。

しかしそれがこの間題の証拠だと、

だれも「発見」していなかっただけなのである。

その「証拠」とは

ピラミッドよりもはるかに大きい

世界最大の墳墓を幾つも含む「巨大前方後円墳」である。

この本の主題であるその当時こそ、

それが造られた「古墳時代」の最盛期であり、

その巨大建造物群こそ、

その時代に日本列島と朝鮮半島とにだけ出現した、

世界にもまれな遺物なのだ。

こんなすごいもののことを日本人であるあなたは、

知らなくてもいいのだろうか。

こうみてくると、

いま私たちが追い求めている「大和朝廷=近畿の支配者」こそ、

その古墳の建設者であったことは、

巨大古墳が近畿とその周辺に分布している事実で、

ダレにだってすぐわかる。

こんなすごい「手掛かり」を捨てておく手はない。

現代のシャーロック・ホームズは虫眼鏡なんか使わない。

ピラミッドより大きい古墳を使って、

これまで跡かたもなく煙のように消えていた

邪馬臺政権や邪馬壹政権を、

ホログラフィのように

見事な三次元立体像にして出現させることに成功したのである。

この本には一ページごとに

推理小説一冊分の謎と答えがつまっている。

百冊分の中身は目次を見ただけでわかる。

それもマンネリの小説と違って、

どんなクイズにもまだ出たことのない新鮮で

しかも真実の歴史常識ばかりなのだ。

これを知らないでは日本の現代人の資格がない。

とまではいわないが、

知らなければ恥ずかしいことだけは事実である。

その数百の知識と謎解きが、

この小さな本にいっぱいつまっているので、

小説のような飛ばし読みはできない。

イッキ読みをすると消化不良を起こす。

一冊を百冊のつもりで、

ユックリ、よく噛んで読むのが私の本をお読みになるコツである。

これがあなたの歴史教養を高めて、

遅れたナマケモノどもをギョッとさせる、

最高の読み方のマニュアルなのである。

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