2013年1月3日木曜日

フェニキヤとスサとウバイドの位置



 『Yahoo!天気・災害』 

 ※出典:加治木義博:言語復原史学会

 大学院講義録 35 22頁



 「図」フェニキヤとスサとウバイドの位置
 《フェニキヤとスサとウバイドの位置》
 「フェニキヤとスサとウバイドの位置」

 『スサの王を日本列島へ移住させた大動乱』

 今から三千何百年か前、

 フェニキヤ人スサノオは何故?交易でなく、

 木の種子をもって我が国へやってきたのだろう?。

 答は彼の教えにある。

 彼は「我が子孫は船をもたなくてはいけない」と教え、

 我が国にだけ植物を移植したのだから、

 彼は日本列島を基地にして、海運や交易事業を継続し、

 子々孫々まで永住するために来たのである。

 それは当時シリアなどに都市国家群をもち、

 繁栄の極にあったフェニキヤ人が、

 なぜか選りに選って、

 世界の東端の、

 絶海の孤島といいたい程の

 この日本列島に住もうとやってきたということである。

 そして韓国には種子を蒔かず我が国にだけ蒔いたというのだから、

 これは熟考した上での決定的行動である。

 一体、何がそうさせたのであろうか?。

 今から3200年前のB.C.E.1200年、

 エジプト第20王朝のラムセスⅢ世が、

 そのシリアを征服し、

 他の植民地から救援に駆けつけた

 フェニキヤ人たちも次々に撃破された。

 全く同時にギリシャのトロイヤ侵略も進んだ。

 フェニキヤ人の楽園が大動乱のうちに奪われて行ったのである。

 それはもちろん遠く離れたスサにも伝わった。

 やがてはスサも同じ惨劇に見舞われると予測したスサの王は、

 遠隔の安全地帯にあって、

 好条件の揃った希にみる楽土だと知っていた

 日本列島への移住を、

 熟慮の末、実行に移したのである。

 『大神と須神の話は多数の史実の混合寓話』

 では天皇家はフェニキヤ人の子孫なのであろうか?。

 スサノオは天照大神の弟である。

 この2神は皇祖だとされているから、

 スサノオの子孫であることは疑いない。

 しかし天皇家の系譜の父子兄弟姉妹は、

 後世の系譜とは大層異なったものなのである。

 なぜなら欠史天皇たちの系譜や

 卑弥呼と神功皇后の扱いで明らかなように、

 実際の血縁とは随分違った系譜になっているからである。

 なぜ?そんなことになっているかというと、

 当時の記録は紙ではなく木簡に書かれているものを、

 順番に縄で編んで保存してある物だから、

 即位の順序が早いものが先の天皇として記入されている場合、

 たとえ兄や父であっても、

 後から即位すれば子や弟に見える時間帯の部分に、

 追加して繋いで行くしかない。

 また神話と呼ばれてきたもののように、

 本当の伝承が余りにも古かったり、
 
 語り部の記憶だけの場合は、

 省略部分や消失部分や記憶喪失部分が大量にあって、

 残った部分を名前を頼りに寄せ集めて、

 適当に纏めたものも当然ある。

 また倫理教育上悪い史実は、

 教訓のほうが重視されて、寓話化されてもいる。

 だから確かに史実が編集されてはいるが、

 名乗りは同じでも、様々な時間帯の複数の史実が、
 
 一人の事跡に見えることになる。

 これらを考慮して天照大神とスサノオをみると、

 女性絶対上位の大神は、

 絶対にフェニキヤ人ではない。

 それは時代の古いウバイドの女帝そのものだから

 「姉」とされたのである。

 『崇神は須神(スサノオ)、杉は須木』

 ウバイドの天照大神の後継者の、

 正確な遷都時期は判らないが、

 それより後世にやって来たことの確かなスサノオは

 「弟」なのである。

 そして両者がこの狭い列島で争い、和睦して、婚姻を結んだから、

 共に天皇家の皇祖であることは間違いない。

 ついでにお話を追加すると、

 『崇神天皇紀』にあるように、

 当時の大神と崇神天皇とが意見が一致せず、

 姉の大神を「岩戸」に幽閉した史実も、

 この超古代の大神と須神との話に

 一纏めにされていることにお気付き頂きたい。

 この事実はすでに淡海の三船が熟知していた。

 彼は御間城入彦天皇に「崇神」と贈り名したのである。

 この「スジン」は、

 「須神=スサノオ」を暗示しているのである。

 また「スギ」もやはり「須木」なのだ。

 こんなに複雑な複合物を、在来の神話学者のように、

 海外の幼稚な村人のお伽話が

 伝来したものだと思い込んでいたのでは、

 とても『記・紀』は理解できない。

 天照とスサノオの姉弟の物語は、

 こうした複数の歴史が様々に複合していることの縮図なのである。

 これでは在来の『記・紀』解説は全く役に立たない。

 その解説を今では世界で唯一、

 真実の歴史をご存じの本学会員諸氏の、

 御生涯のお仕事にして戴きたい。

 これが、

 私(加治木義博)がこれまで本講で、

 ご講義申し上げてきた真意であり、

 心からの切望なのである。

 『「万世一系」が真実である原理』

 もう一度、繰り返すが、

 「この狭い列島で、支配者問で争い、和睦して、婚姻を結んだ。

  双方とも皇祖であることは間違いない」というのは、

 このスサノオの歴史だけではない。

 これと同様のことは八千年の歴史の問には、

 数えきれないはど繰り返されたことは想像に難くない。

 継体天皇が応神五世孫を主張したのは、

 国民の大半が、

 どこかで皇室と血がつながっている事実があったからで、

 継体は単に血の濃さを宣伝して、

 反抗者を減らそうとしただけに過ぎない。

 血の濃ささえ無視すれば、

 全国民がウバイド女帝の血を承け継いでいるのだから、

 これが万世一系思想が真実である原理なのである。

 私たちは本講によって、

 今や神武紀元どころか、

 紀元八千年の女帝国の直系にまで「昇格」した。

 日本全国どころか全世界に、「弟」がいるのである。

 その血を分けた

 朝鮮半島や中国の人たちを他人と誤信し侵略した連中が、

 どれほど低劣な輩だったか、今更いうまでもないが、

 ウバイド起源の史実の発見は、

 そんな低劣な思想を吹き飛ばしてしまった。

 私たちの祖先の霊はいま初めて心安らかに、

 真の理想的グローバル世界を思い描いていることと想う。

 また本学会をここまで導いて戴いた学会員の皆様も、

 さぞご満足の御ことと拝察、

 この成果を一人でも多くの方々にご教示戴くことを、

 御生き甲斐にとお祈り申し上げている。

 『大学院講義録31』

 1 真実の「定義」とニセ学問の見分けかた
 《真実の「定義」とニセ学問の見分けかた》
 「真実の「定義」とニセ学問の見分けかた」

 2 「思いつき素材」を並べても学問にはならない
 《「思いつき素材」を並べても学問にはならない》
 「「思いつき素材」を並べても学問にはならない」

 3 不完全説は功績ではなく「悪事」
 《不完全説は功績ではなく「悪事」》
 「不完全説は功績ではなく「悪事」」

 4 我が国まで来たのはシュメール人ではなかったか
 《我が国まで来たのはシュメール人ではなかったか》
 「我が国まで来たのはシュメール人ではなかったか」

 5 来たのは円筒印章文化以前にシュメールを出た人たち
 《来たのは円筒印章文化以前にシュメールを出た人たち》
 「来たのは円筒印章文化以前にシュメールを出た人たち」

 6 シュメルは英語訛り、実在したのはスメル
 《シュメルは英語訛り、実在したのはスメル》
 「シュメルは英語訛り、実在したのはスメル」

 7 日本語の知識なしでは不可能な「真のスメル研究」
 《日本語の知識なしでは不可能な「真のスメル研究」》
 「日本語の知識なしでは不可能な「真のスメル研究」」

 8 『日本書紀』に生々しく伝っていた「スメルの伝承」!
 《『日本書紀』に生々しく伝っていた「スメルの伝承」!》
 「『日本書紀』に生々しく伝っていた「スメルの伝承」!」

 9 全部が日本語で読めるスメルの天地開闢の神々
 《全部が日本語で読めるスメルの天地開闢の神々》
 「全部が日本語で読めるスメルの天地開闢の神々」

 10 殷という名の真意までわかるスメルの神名
 《殷という名の真意までわかるスメルの神名》
 「殷という名の真意までわかるスメルの神名」

 11 伊弉冉命は伊弊由樽(イシュタル)・女神イシュタルへの当て字
 《伊弉冉命は伊弊由樽(イシュタル)・女神イシュタルへの当て字》
 「伊弉冉命は伊弊由樽(イシュタル)・女神イシュタルへの当て字」

 12 人類最大の福音「平和永続の秘密」
 《人類最大の福音「平和永続の秘密」》
 「人類最大の福音「平和永続の秘密」」

 13 決定的になった『日本書紀』は天智天皇の政略書
 《決定的になった『日本書紀』は天智天皇の政略書》
 「決定的になった『日本書紀』は天智天皇の政略書」

 14 本来のスメルの主人はウバイド
 《本来のスメルの主人はウバイド》
 「本来のスメルの主人はウバイド」

 15 ウバイドがインダス文明を生んだという説
 《ウバイドがインダス文明を生んだという説》
 「ウバイドがインダス文明を生んだという説」

 16 ウバイドと邪馬壹国との深いつながり
 《ウバイドと邪馬壹国との深いつながり》
 「ウバイドと邪馬壹国との深いつながり」

 17 今はじめて疑問なく明確になった「倭人」の真意
 《今はじめて疑問なく明確になった「倭人」の真意》
 「今はじめて疑問なく明確になった「倭人」の真意」

 18 倭人の訓みはウワイト。それはりウバイドヘの当て字
 《倭人の訓みはウワイト。それはりウバイドヘの当て字》
 「倭人の訓みはウワイト。それはりウバイドヘの当て字」

 19 スメルの言語も信仰中のウバイドの文明遺産
 《スメルの言語も信仰中のウバイドの文明遺産》
 「スメルの言語も信仰中のウバイドの文明遺産」

 20 『古事記』は倭人(ウバイド)伝承を伝え、『日本書紀』は否定
 《『古事記』は倭人(ウバイド)伝承を伝え、『日本書紀』は否定》
 「『古事記』は倭人(ウバイド)伝承を伝え、『日本書紀』は否定」

 21 6世紀に飛鳥寺を建てたのもイラン人だった
 《6世紀に飛鳥寺を建てたのもイラン人だった》
 「6世紀に飛鳥寺を建てたのもイラン人だった」

 22 「絶対に」動かない「鬼道=仏教」
 《「絶対に」動かない「鬼道=仏教」》
 「「絶対に」動かない「鬼道=仏教」」

 23 ウバイドのインダス大移住は逃亡ではない
 《ウバイドのインダス大移住は逃亡ではない》
 「ウバイドのインダス大移住は逃亡ではない」

 24 ウバイド+スメルがインダス文明を築いた証拠
 《ウバイド+スメルがインダス文明を築いた証拠》
 「ウバイド+スメルがインダス文明を築いた証拠」

 25 インダスから稲敷へ、そして殷への明確な時代わかる
 《インダスから稲敷へ、そして殷への明確な時代わかる》
 「インダスから稲敷へ、そして殷への明確な時代わかる」

 26 世界最古・最長の皇統をもつ祖国の真の歴史
 《世界最古・最長の皇統をもつ祖国の真の歴史》
 「世界最古・最長の皇統をもつ祖国の真の歴史」

 27 八千年にも及ぶ我が国の歴史確認
 《八千年にも及ぶ我が国の歴史確認》
 「八千年にも及ぶ我が国の歴史確認」

 28 この講座にもご高評をお寄せ下さい
 《この講座にもご高評をお寄せ下さい》
 「この講座にもご高評をお寄せ下さい」

 《古代オリエント》
 「古代オリエント」

 《古代メソポタミア》
 「古代メソポタミア」

 《シュメール・シュメル》
 「シュメール・シュメル」

 《ウバイド》
 「ウバイド」

 《倭人(ウワイト)》
 「倭人(ウワイト)」

 《魏書倭人章》
 「魏書倭人章」

 《日本書紀・古事記》
 「日本書紀・古事記」

 《三国史記・三国遺事》
 「三国史記・三国遺事」

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 

 『My ブログ』
 古代メソポタミア
 歴史徒然
 ウワイト(倭人):大学講義録
 ウワイト(倭人)大学院講義録 
 オリエント歴史回廊(遷都)
 古代史つれづれ 
 古代史の画像
 ネット歴史塾
 古代史ブログ講座
 ネット歴史塾
 ひねもす徒然なるままに    
 「終日歴史徒然雑記」
 「古代史キーワード検索」

 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』事務局長:金原政敏
         
 『言語復原史学会:画像』

 『検索』
 GoogleWeb検索
 Google画像検索
 YahooWeb検索
 Yahoo画像検索
 翻訳と辞書
 リンクフリー〔UTF-8 対応版〕

 《参考》
 古代時代の考古学の最新発見・発表・研究成果
 最新の考古学的発掘の方法
 存在価値が問われる我が国の発掘考古学の現状
 装飾古墳

2013年1月2日水曜日

樹齢3000余年の屋久島の縄文杉



 『Yahoo!天気・災害』 

 ※出典:加治木義博:言語復原史学会

 大学院講義録 35 21頁



 「図」樹齢3000余年の屋久島の縄文杉
 《樹齢3000余年の屋久島の縄文杉》
 「樹齢3000余年の屋久島の縄文杉」

 縄文杉ウイルソン株

 『スサノオの樹種(こだね)の記事は神話でなく史実』

 言語以外の証拠はまだある。

 それはスサノオ父子の「樹種(こだね)」の子孫である。

 『日本書紀』にある一書には

 「五十猛命が天降った時、多くの樹種をもって下ったが、

  韓地には植えず、ことごとく持ち帰り、

  筑紫から大八洲中に播かない所はなく青山にした」とあり、

 その次の一書に、

 前記のスサノオの「浮宝」の話が載っていて、

 杉と楠は船に…、

 檜は家屋に…、

 槇(まき)は死者を葬る棺材にせよ。

 とスサノオの命が言う。

 この杉と楠と檜と槇は今も我が国に現存しているが、

 全て列島古来の野生種ではなく、

 外部から持ち込まれた輸入品を栽培し続けていることが判っている。

 『日本書紀』のこの記事が真実だという生きた物証なのである。

 それが非常に古い時代の史実だという物証もまた、

 大量に残っている。

 それは鹿児島県の屋久島に聳える古代杉の一群だ。

 宮の浦岳登山道の高塚山付近にある縄文杉は、

 その樹齢3000年を超えると測定された古木で、

 ここ以外にそんな樹齢の杉はない。

 1000年以下の杉は「小杉」と呼ばれて、

 それ以上の木が屋久杉と呼ばれるほど老木が多いので、

 この島の杉が

 スサノオらが最初に植林した遺跡だということは間違いない。

 だからこのスサノオの話は神話ではなく史実だったのである。

 その証拠に鹿児島県下には粟野の松尾城址などに、

 杉の巨木が天を衝いて聳えているのが現実に見られる。

 それはフェニキヤ文明の到来が3000年以上前であったことを、

 今も立証し続けている動かぬ証拠である。

 『移植は三千年以上前、樹種はレバノン杉』

 今では世界唯一の、3000年を超える屋久杉は、

 『日本書紀』のスサノオ植樹の話が実話で、

 3000年以上前に

 スサから来た王が植えたものだったことを疑わせない。

 在来、疑わしい神話の、

 疑わしい架空の「神」とされて来たスサノオが、

 実際には実在していて、

 その伝承通りの植樹をし、その木が今も生きているからである。

 ところが垂仁天皇も、皇子のホムツワケも、

 他のスサノオ伝承に一致する点がある。

 彼等は3世紀の実在者と確認できているから、

 スサノオは一人ではなく、

 「スサの王」という名乗りだったと確定できる。

 それを一柱の神と錯覚し、似た話の分布を理由に、

 それは物語が運ばれてきたのだと史実を抹殺し続けてきた

 「神話学」は、

 根底から再検討されなければならないが、

 それにも増して重要なことは、

 スサノオ植樹が史実だという確認は、

 屋久杉が外来植物だという確認であり、

 原産地はどこかが問題になる。

 屋久島人は3000年以上前にそれを運べないから、

 運搬者はフェニキヤ人だと特定できる。

 とすれば屋久杉はレバノン原産の杉だと確定している。

 それがどこに移植されようと杉の原産地は他にはない。

 屋久はレバノン杉そのものだったのである。

 『聖書』の「レバノン杉」は絶滅などせずに、

 今でも屋久島で見られるのである。

 屋久杉
 レバノン杉

 『大学院講義録30』

 1 稲作文化が教える祖先たちの混血文明
 《稲作文化が教える祖先たちの混血文明》
 「稲作文化が教える祖先たちの混血文明」

 2 陸稲=シュメルから、水稲=クメールから
 《陸稲=シュメルから、水稲=クメールから》
 「陸稲=シュメルから、水稲=クメールから」

 3 かつて考えられたことのない『住』の真意は?
 《かつて考えられたことのない『住』の真意は?》
 「かつて考えられたことのない『住』の真意は?」

 4 住める=スメル→スペル。「統べる人=スメル人」
 《住める=スメル→スペル。「統べる人=スメル人」》
 「住める=スメル→スペル。「統べる人=スメル人」」

 5 シベリヤ命名の時期とシュメル人の居住証明
 《シベリヤ命名の時期とシュメル人の居住証明》
 「シベリヤ命名の時期とシュメル人の居住証明」

 6 皇室はシュメル起源だと語る多くの遺物群
 《皇室はシュメル起源だと語る多くの遺物群》
 「皇室はシュメル起源だと語る多くの遺物群」

 7 住吉仲皇子の愚行記事は真実か?
 《住吉仲皇子の愚行記事は真実か?》
 「住吉仲皇子の愚行記事は真実か?」

 8 「出雲の国」が生まれた時期まで教えた「住」の1字
 《「出雲の国」が生まれた時期まで教えた「住」の1字》
 「「出雲の国」が生まれた時期まで教えた「住」の1字」

 9 仁徳系記事が暴露している『倭国(イナバ)のウサギ』の比喩
 《仁徳系記事が暴露している『倭国(イナバ)のウサギ』の比喩》
 「仁徳系記事が暴露している『倭国(イナバ)のウサギ』の比喩」

 10 出雲は出水より後世の国名、謎を解く伝承
 《出雲は出水より後世の国名、謎を解く伝承》
 「出雲は出水より後世の国名、謎を解く伝承」

 11 「素戔嗚の尊」の本文と一書の「名詞」比較
 《「素戔嗚の尊」の本文と一書の「名詞」比較》
 「「素戔嗚の尊」の本文と一書の「名詞」比較」

 12 スサノオの名乗りは、スサの王家へ入り婿後のもの
 《スサノオの名乗りは、スサの王家へ入り婿後のもの》
 「スサノオの名乗りは、スサの王家へ入り婿後のもの」

 13 神社の存在だけでは居住証明にはならない
 《神社の存在だけでは居住証明にはならない》
 「神社の存在だけでは居住証明にはならない」

 14 スサノオ神話の正体=速水俣孝説 島根大学講師
 《スサノオ神話の正体=速水俣孝説 島根大学講師》
 「スサノオ神話の正体=速水俣孝説 島根大学講師」

 15 「民俗学」のみたスサノオ
 《「民俗学」のみたスサノオ》
 「「民俗学」のみたスサノオ」

 16 邪霊の人格化、死と豊穣の根の国の王
 《邪霊の人格化、死と豊穣の根の国の王》
 「邪霊の人格化、死と豊穣の根の国の王」

 17 民俗学の粗雑さを立証した「スサノオ形代説」
 《民俗学の粗雑さを立証した「スサノオ形代説」》
 「民俗学の粗雑さを立証した「スサノオ形代説」」

 18 亡国に瀕する祖国日本、廃仏棄釋の惨澹たる末路
 《亡国に瀕する祖国日本、廃仏棄釋の惨澹たる末路》
 「亡国に瀕する祖国日本、廃仏棄釋の惨澹たる末路」

 19 八耳=ヤキ=八木=八岐=八俣の大蛇
 《八耳=ヤキ=八木=八岐=八俣の大蛇》
 「八耳=ヤキ=八木=八岐=八俣の大蛇」

 20 大蛇退治は史実の寓話化。架空の物語ではない
 《大蛇退治は史実の寓話化。架空の物語ではない》
 「大蛇退治は史実の寓話化。架空の物語ではない」

 21 タタラはいつから我が国にあったか?
 《タタラはいつから我が国にあったか?》
 「タタラはいつから我が国にあったか?」

 22 ギリシャ文化から生まれた「天の目一箇神」
 《ギリシャ文化から生まれた「天の目一箇神」》
 「ギリシャ文化から生まれた「天の目一箇神」」

 23 名詞には細心の注意を払うこと
 《名詞には細心の注意を払うこと》
 「名詞には細心の注意を払うこと」

 24 『魏書倭人章』が保証する鉄器文化の実在
 《『魏書倭人章』が保証する鉄器文化の実在》
 「『魏書倭人章』が保証する鉄器文化の実在」

 25 種子島→淡路島が大和政権を生んだ理由
 《種子島→淡路島が大和政権を生んだ理由》
 「種子島→淡路島が大和政権を生んだ理由」

 26 辰韓の鉄の謎を解く種子島海軍国の総括
 《辰韓の鉄の謎を解く種子島海軍国の総括》
 「辰韓の鉄の謎を解く種子島海軍国の総括」

 27 正確な『三韓史』
 《正確な『三韓史』》
 「正確な『三韓史』」

 28 誰が?タタラを、いつ?、もって来たか?
 《誰が?タタラを、いつ?、もって来たか?》
 「誰が?タタラを、いつ?、もって来たか?」

 29 過去の邪馬台論争を超える、たった一枚のスケッチ
 《過去の邪馬台論争を超える、たった一枚のスケッチ》
 「過去の邪馬台論争を超える、たった一枚のスケッチ」

 30 『漂到流球国記』 巻末絵図の一部
 《『漂到流球国記』 巻末絵図の一部》
 「『漂到流球国記』 巻末絵図の一部」

 《古代オリエント》
 「古代オリエント」

 《古代メソポタミア》
 「古代メソポタミア」

 《シュメール・シュメル》
 「シュメール・シュメル」

 《ウバイド》
 「ウバイド」

 《倭人(ウワイト)》
 「倭人(ウワイト)」

 《魏書倭人章》
 「魏書倭人章」

 《日本書紀・古事記》
 「日本書紀・古事記」

 《三国史記・三国遺事》
 「三国史記・三国遺事」

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 

 『My ブログ』
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 ウワイト(倭人):大学講義録
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 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』事務局長:金原政敏
         
 『言語復原史学会:画像』

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 《参考》
 古代時代の考古学の最新発見・発表・研究成果
 最新の考古学的発掘の方法
 存在価値が問われる我が国の発掘考古学の現状
 装飾古墳

2013年1月1日火曜日

「ウバイド+スメル」がインダス文明を築いた証拠



 『Yahoo!天気・災害』 

 ※出典:加治木義博:言語復原史学会

 大学院講義録 31 26頁



 「図」「ウバイド+スメル」がインダス文明を築いた証拠
 《「ウバイド+スメル」がインダス文明を築いた証拠》
 「「ウバイド+スメル」がインダス文明を築いた証拠」

 そこで改めてスメル史をみてみると、

 スメルの人々はウバイドたちを滅ぼしたのではなく、

 支配下において組織し、次第に都市国家化を進めていった。

 そうして

 ニップル、
 《ニップル》
 「ニップル」

 ラガシュ、
 《ラガシュ》
 「ラガシュ」

 ウル、
 《ウル》
 「ウル」

 ウルク、
 《ウルク》
 「ウルク」

 キシュ、
 《キシュ》
 「キシュ」

 エリドゥなどの
 《エリドゥ》
 「エリドゥ」

 都市国家群が発達し、

 ウルクには都市の中央に高層建築・ジグラットが

 聳えるまでになったので、

 その時代をウルク期と呼ぶ。

 このジグラットが見落としてはならない標識と

 絶対的な力をもつ証拠になっているのだ。

 それが右のスメルの遺跡ニツプルのジグラットと、

 インダス文明の代表遺跡、

 モヘンジョ・ダロのジグラットとである。

 「写真:ニップル(日本)のジグラット」
 《ニップル(日本)のジグラット》
 「ニップル(日本)のジグラット」

 「写真:モヘンジョ・ダロのジグラット」
 《モヘンジョ・ダロのジグラット》
 「モヘンジョ・ダロのジグラット」

 『ウバイドのインダス大移住は逃亡ではない』

 大量の漢訳経典『漢訳三蔵』を書き残して、

 中国・朝鮮・我が国の仏教興隆の基礎を作った

 鳩摩(クマ)羅什(ラジュウ)も、

 その出身地は西域のキジールである。

 唐の三蔵法師・玄弉(ゲンジョウ)がその三蔵経典を求めて、

 はるばる西域に流したことは、

 それを怪奇小説に仕立てた、孫悟空の活躍する

 『西遊記』で、

 知らぬ人のないほど有名な史実である。

 こうみてくると、

 Ⅹ氏のいう「スメルによるウバイド征服説」は、

 どうしても話が合わなくなってくる。

 スメルは「統べる」で、支配者になったには違いないが、

 ウバイドの名も、「滅亡」や「逃亡者」などを意味せず、

 インドから我が国に至るまで

 「女性仏教徒」という重要な地位に納まっている。

 それも今のカリエンの人々や、卑弥呼以下、

 倭国から孝謙天皇までの歴代女帝を考えると、

 ウバイドでありながら「スメル=統べる」位置にいるからだ。

 さらに重要な問題は、

 これまでスメルの神としてみてきた神々が、

 水の3女神から始まっている事実である。

 それはここまで見てくると、スメルの神々ではありえない。

 総ての事実が異口同音に

 「それはウバイドの神々だ」と教えている。

 征服者がいかに野蛮人でも、

 自分たちが滅ぼした人たちの神を敬うことは絶対にない。

 全ての歴史をみても、

 捨ててかえりみないか、抹殺してしまっている。

 例外などありえないのが人類史の定則だからである。

 『インダスから稲敷へ、そして殷への明確な時代わかる』

 その都市国家時代はB.C.E.2350年ごろの

 ジェムデト・ナスル期まで続いたが、

 サルゴンの率いるアッカド人に敗北して

 アッカド王朝時代に変わり、

 サルゴンの曾孫・ナラム・シンは

 神名のシンを名乗って自分を現人神に譬えた。

 しかし圧制に反発してウルクやキシュの市民が反乱を起こしたので、

 ザグロス山脈からグデイ人が雪崩れこんで、

 アッカド王朝は崩壊し、グデイ人支配が90年続いたが、

 それを倒したのは、

 ウルクのウトゥヘガルで、

 メソポタミヤを再びスメル人の手に取り戻した。

 これが新スメル時代で、B.C.E.2112年には

 ウルナンムが王朝を樹てた。

 それが栄えたB.C.E.2060年以後をウル第3王朝と呼ぶ。

 インダスのほうはB.C.E.3500年のスメル支配以後に

 インダス流域に植民し始めて、

 アムリ文化を生み、

 インダス文明を発達させて、B.C.E.1400年ごろまで続いたあと、

 衰微してしまったが、

 その時期がピッタリ、殷の登場期に当たる。

 縄文時代後期である。

 茨城県稲敷郡に移住した歴史的瞬間も

 この前だったことは明らかである。

 先にお話しした遺物から、

 当時の信仰が、やはり水神だったことは、

 器の神象が「竜」を意味していることで明らかである。

 そして稲敷は「水郷・霞ヶ浦」の奥、

 ウバイドそっくりの環境に位置している。

 『大学院講義録29』

 1 8000年前に実在したオリエントと日本列島の往来
 《8000年前に実在したオリエントと日本列島の往来》
 「8000年前に実在したオリエントと日本列島の往来」

 2 有肩石斧とその仲間。ことばと石斧の関係は何か
 《有肩石斧とその仲間。ことばと石斧の関係は何か》
 「有肩石斧とその仲間。ことばと石斧の関係は何か」

 3 凄いヒッタイト文字と読み方の大発見
 《凄いヒッタイト文字と読み方の大発見》
 「凄いヒッタイト文字と読み方の大発見」

 4 なんと!日本語で始めて読める真意!
 《なんと!日本語で始めて読める真意!》
 「なんと!日本語で始めて読める真意!」

 5 ヒッタイト語の信託は日本語そのもの
 《ヒッタイト語の神託は日本語そのもの》
 「ヒッタイト語の神託は日本語そのもの」

 6 我が国の製鉄はヒッタイト人独特の特異な古代文化
 《我が国の製鉄はヒッタイト人独特の特異な古代文化》
 「我が国の製鉄はヒッタイト人独特の特異な古代文化」

 7 ギルガメシュの竜退治から生まれたせ界のスサノオたち
 《ギルガメシュの竜退治から生まれたせ界のスサノオたち》
 「ギルガメシュの竜退治から生まれたせ界のスサノオたち」

 8 特異なスサノオ伝説は史実を神託化したもの
 《特異なスサノオ伝説は史実を神託化したもの》
 「特異なスサノオ伝説は史実を神託化したもの」

 9 北欧神話は日本からの輸出品
 《北欧神話は日本からの輸出品》
 「北欧神話は日本からの輸出品」

 10 スサノオ=荒む王=都怒我阿羅斯等
 《スサノオ=荒む王=都怒我阿羅斯等》
 「スサノオ=荒む王=都怒我阿羅斯等」

 11 卑弥呼は、但馬太耳の娘・麻多鳥?
 《卑弥呼は、但馬太耳の娘・麻多鳥?》
 「卑弥呼は、但馬太耳の娘・麻多鳥?」

 12 天皇家が種子島出身であることは動かない
 《天皇家が種子島出身であることは動かない》
 「天皇家が種子島出身であることは動かない」

 13 沖縄から九州に限定される仲哀天皇の行動範囲
 《沖縄から九州に限定される仲哀天皇の行動範囲》
 「沖縄から九州に限定される仲哀天皇の行動範囲」

 14 阿羅斯等と現人神。皇后の余分な「帯」の字
 《阿羅斯等と現人神。皇后の余分な「帯」の字》
 「阿羅斯等と現人神。皇后の余分な「帯」の字」

 15 「帯」の1字が証明する『古事記』の頼り無さ
 《「帯」の1字が証明する『古事記』の頼り無さ》
 「「帯」の1字が証明する『古事記』の頼り無さ」

 16 『古事記』とその編集者の実態、再説
 《『古事記』とその編集者の実態、再説》
 「『古事記』とその編集者の実態、再説」

 17 国名で判る『記・紀』の資料が書かれた時代差
 《国名で判る『記・紀』の資料が書かれた時代差》
 「国名で判る『記・紀』の資料が書かれた時代差」

 18 『古事記』は『書紀』の難字を読み易くしたもの
 《『古事記』は『書紀』の難字を読み易くしたもの》
 「『古事記』は『書紀』の難字を読み易くしたもの」

 19 伊弉諾・伊耶那岐は、戦の君=軍君
 《伊弉諾・伊耶那岐は、戦の君=軍君》
 「伊弉諾・伊耶那岐は、戦の君=軍君」

 20 『愛の八紘一宇』の象徴、ツルカルニンの名乗り
 《『愛の八紘一宇』の象徴、ツルカルニンの名乗り》
 「『愛の八紘一宇』の象徴、ツルカルニンの名乗り」

 21 ツルカルニンとアレクサンドロスの名乗りの哲学
 《ツルカルニンとアレクサンドロスの名乗りの哲学》
 「ツルカルニンとアレクサンドロスの名乗りの哲学」

 22 大国主=孝霊天皇。阿遅鉏高日子根は卑弥呼の弟
 《大国主=孝霊天皇。阿遅鉏高日子根は卑弥呼の弟》
 「大国主=孝霊天皇。阿遅鉏高日子根は卑弥呼の弟」

 23 大国主系譜イコール孝霊天皇系譜 『古事記』
 《大国主系譜イコール孝霊天皇系譜 『古事記』》
 「大国主系譜イコール孝霊天皇系譜 『古事記』」

 24 大国主=孝霊天皇。阿遅鉏高日子根は卑弥呼の弟
 《大国主=孝霊天皇。阿遅鉏高日子根は卑弥呼の弟》
 「大国主=孝霊天皇。阿遅鉏高日子根は卑弥呼の弟」

 25 大国主系譜イコール孝霊天皇系譜 『古事記』
 《大国主系譜イコール孝霊天皇系譜 『古事記』》
 「大国主系譜イコール孝霊天皇系譜 『古事記』」

 26 孝霊天皇系譜『日本書紀』
 《孝霊天皇系譜『日本書紀』》
 「孝霊天皇系譜『日本書紀』」

 27 『記・紀』は大理想を説く、高い比喩に満ちた哲学書
 《『記・紀』は大理想を説く、高い比喩に満ちた哲学書》
 「『記・紀』は大理想を説く、高い比喩に満ちた哲学書」

 28 八紘一宇の大理想の象徴『菊花御紋章』
 《八紘一宇の大理想の象徴『菊花御紋章』》
 「八紘一宇の大理想の象徴『菊花御紋章』」

 29 オリエントに遺る我が国の建国文化財(ヒッタイトの象形文字)
 《オリエントに遺る我が国の建国文化財(ヒッタイトの象形文字)》
 「オリエントに遺る我が国の建国文化財(ヒッタイトの象形文字)」

 30 殷と稲敷と漢字のルーツ確認!!
 《殷と稲敷と漢字のルーツ確認!!》
 「殷と稲敷と漢字のルーツ確認!!」

 《古代オリエント》
 「古代オリエント」

 《古代メソポタミア》
 「古代メソポタミア」

 《シュメール・シュメル》
 「シュメール・シュメル」

 《ウバイド》
 「ウバイド」

 《倭人(ウワイト)》
 「倭人(ウワイト)」

 《魏書倭人章》
 「魏書倭人章」

 《日本書紀・古事記》
 「日本書紀・古事記」

 《三国史記・三国遺事》
 「三国史記・三国遺事」

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 

 『My ブログ』
 古代メソポタミア
 歴史徒然
 ウワイト(倭人):大学講義録
 ウワイト(倭人)大学院講義録 
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 《参考》
 古代時代の考古学の最新発見・発表・研究成果
 最新の考古学的発掘の方法
 存在価値が問われる我が国の発掘考古学の現状
 装飾古墳