2012年12月27日木曜日

八紘一宇の大理想の象徴『菊花御紋章』



 『Yahoo!天気・災害』 

 ※出典:加治木義博:言語復原史学会

 大学院講義録 29 30頁]



 「図」八紘一宇の大理想の象徴『菊花御紋章』
 《八紘一宇の大理想の象徴『菊花御紋章』》
 「八紘一宇の大理想の象徴『菊花御紋章』」

 菊花御紋章は、シュメル文化の伝承者であることを立証する

 消極的な象徴であるばかりでなく、

 「その理想を誇りとして、積極的に世界に誇示するためのもの」

 だったのである。

 恐らく卑弥呼も、仁徳天皇も、天智天皇も、天武天皇も、

 それを根本理想として尊び、

 戒めとして努力し、実現に向けて闘ったのである。

 それが今、

 それ程の大理想の象教だったことさえ判らなくなっているのは

 余りにも情けない。

 真実の歴史を物語る象教の教えを理解しさえすれば

 我が国の存在価値が、

 世界の人々に正しく理解されて、これまでの誤解は氷解する。

 私たちは一日も速く、それが実現するように努力せねばならない。

 ところが欧米では<菊>を<葬式の花>として忌み嫌う。

 これはこの大理想に反発する者の反動教育が

 生んだ慣習なのである。

 それは<卑弥呼の教義>を

 「鬼道」と蔑視した魏の立場と全く同じであり、

 <鬼道>=<葬式仏教>といった観念から、

 <菊花>は<葬式花>だという悪意に満ちた

 嫌がらせが定着したにすぎないのである。

 『大学院講義録24』

 1 国生みは「新しい領土を生み出した」という『寓話』
 《国生みは「新しい領土を生み出した」という『寓話』》
 「国生みは「新しい領土を生み出した」という『寓話』」

 2 やむなく寓話化が行なわれた事情
 《やむなく寓話化が行なわれた事情》
 「やむなく寓話化が行なわれた事情」

 3 男女2神の争いの象徴「玉」と「矛」
 《男女2神の争いの象徴「玉」と「矛」》
 「男女2神の争いの象徴「玉」と「矛」」

 4 私たちより真相を知らなかった『古事記』編集者
 《私たちより真相を知らなかった『古事記』編集者》
 「私たちより真相を知らなかった『古事記』編集者」

 5 卑弥呼史を明確に定義する玉と剣の対立
 《卑弥呼史を明確に定義する玉と剣の対立》
 「卑弥呼史を明確に定義する玉と剣の対立」

 6 アレクサンドロス王家に遡る政治哲学論争の伝統
 《アレクサンドロス王家に遡る政治哲学論争の伝統》
 「アレクサンドロス王家に遡る政治哲学論争の伝統」

 7 定義『日本書紀』は「帝王学」教科書
 《定義『日本書紀』は「帝王学」教科書》
 「定義『日本書紀』は「帝王学」教科書」

 8 『日本書紀』作成の発案者は天智天皇
 《『日本書紀』作成の発案者は天智天皇》
 「『日本書紀』作成の発案者は天智天皇」

 9 『日本書紀』が辿った完成までの道のり
 《『日本書紀』が辿った完成までの道のり》
 「『日本書紀』が辿った完成までの道のり」

 10 定義 『不改常典』は『日本書紀』
 《定義 『不改常典』は『日本書紀』》
 「定義 『不改常典』は『日本書紀』」

 11 女性上位を憎む動機と境遇と条件の持ち主は?
 《女性上位を憎む動機と境遇と条件の持ち主は?》
 「女性上位を憎む動機と境遇と条件の持ち主は?」

 12 定義 「天の御柱めぐり」の作者は舎人親王
 《定義 「天の御柱めぐり」の作者は舎人親王》
 「定義 「天の御柱めぐり」の作者は舎人親王」

 13 寓話「天の御柱めぐり」が生んだもの
 《寓話「天の御柱めぐり」が生んだもの》
 「寓話「天の御柱めぐり」が生んだもの」

 14 定義 舎人親王が加上した『儀鳳暦』部分
 《定義 舎人親王が加上した『儀鳳暦』部分》
 「定義 舎人親王が加上した『儀鳳暦』部分」

 15 『書紀』編纂史の生き証人『元嘉暦』と『儀鳳暦』
 《『書紀』編纂史の生き証人『元嘉暦』と『儀鳳暦』》
 「『書紀』編纂史の生き証人『元嘉暦』と『儀鳳暦』」

 16 定義 舎人親王が加上した『儀鳳暦』部分
 《定義 舎人親王が加上した『儀鳳暦』部分》
 「定義 舎人親王が加上した『儀鳳暦』部分」

 17 18氏『纂記』記事の実体と舎人親王の深謀遠慮
 《18氏『纂記』記事の実体と舎人親王の深謀遠慮》
 「18氏『纂記』記事の実体と舎人親王の深謀遠慮」

 18 定義 『古事記』は反政府陰謀が生んだ思想書
 《定義 『古事記』は反政府陰謀が生んだ思想書》
 「定義 『古事記』は反政府陰謀が生んだ思想書」

 19 『書紀』は政策史書だと暴露している天智関連記事
 《『書紀』は政策史書だと暴露している天智関連記事》
 「『書紀』は政策史書だと暴露している天智関連記事」

 20 『記・紀』を生んだのは天皇たちの危機感
 《『記・紀』を生んだのは天皇たちの危機感》
 「『記・紀』を生んだのは天皇たちの危機感」

 21 定義 『古事記』は『日本書紀』の写本の一種
 《定義 『古事記』は『日本書紀』の写本の一種》
 「定義 『古事記』は『日本書紀』の写本の一種」

 22 『日本書紀』編集関連年表
 《『日本書紀』編集関連年表》
 「『日本書紀』編集関連年表」

 23 『日本書紀』は矛盾を覚悟で編纂した苦肉の作品
 《『日本書紀』は矛盾を覚悟で編纂した苦肉の作品》
 「『日本書紀』は矛盾を覚悟で編纂した苦肉の作品」

 24 『古事記』『日本書紀』という書名の歴史
 《『古事記』『日本書紀』という書名の歴史》
 「『古事記』『日本書紀』という書名の歴史」

 25 求めるのは「完全な編集」でなく「史実の確認」
 《求めるのは「完全な編集」でなく「史実の確認」》
 「求めるのは「完全な編集」でなく「史実の確認」」

 26 『古事記』の方が「先」の履中天皇の名乗り
 《『古事記』の方が「先」の履中天皇の名乗り》
 「『古事記』の方が「先」の履中天皇の名乗り」

 27 『日本書紀』と『古事記』の闘争と理由と証拠
 《『日本書紀』と『古事記』の闘争と理由と証拠》
 「『日本書紀』と『古事記』の闘争と理由と証拠」

 28 絶世の大天皇・卑弥呼が抹殺されている理由
 《絶世の大天皇・卑弥呼が抹殺されている理由》
 「絶世の大天皇・卑弥呼が抹殺されている理由」

 29 反政府文書『古事記』のスポンサーは200氏族
 《反政府文書『古事記』のスポンサーは200氏族》
 「反政府文書『古事記』のスポンサーは200氏族」

 30 筆者は人長ではない。太安萬侶の実体は僧侶
 《筆者は人長ではない。太安萬侶の実体は僧侶》
 「筆者は人長ではない。太安萬侶の実体は僧侶」

 《古代オリエント》
 「古代オリエント」

 《古代メソポタミア》
 「古代メソポタミア」

 《シュメール・シュメル》
 「シュメール・シュメル」

 《ウバイド》
 「ウバイド」

 《倭人(ウワイト)》
 「倭人(ウワイト)」

 《魏書倭人章》
 「魏書倭人章」

 《日本書紀・古事記》
 「日本書紀・古事記」

 《三国史記・三国遺事》
 「三国史記・三国遺事」

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 《参考》
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2012年12月26日水曜日

有肩石斧とその仲間。ことばと石斧の関係は何か



 『Yahoo!天気・災害』 

 ※出典:加治木義博:言語復原史学会

 大学院講義録 29 4頁



 「図」有肩石斧とその仲間。ことばと石斧の関係は何か
 《有肩石斧とその仲間。ことばと石斧の関係は何か》
 「有肩石斧とその仲間。ことばと石斧の関係は何か」

 「有肩石斧とその仲間」『日本人のルーツ14頁』

 人が肩をはったような形をしているので有肩という。

 数字は次頁の分布図の地域を示し、

 そこで見つかったものという意味。

 8イ:柄の部分が欠けている(長さ17㎝)

 8ロ:石ノミ。

 9は進化したもの

 A、C:青銅製(タイ・パンチェン。約4000年前)

 B:鉄製(中国雲南省個旧出土)

 「ことばと石斧の関係は何か」『日本人のルーツ15頁』

 有肩石斧とオーストロ・アジア語の分布が、

 完全といえるほどに一致することは、

 古く松本信広氏らの研究で立証されているが、

 日本でも新石器から古墳の副葬品にまで有肩石斧がみられる。

 これを手がかりに、日本語を検討してみると、

 やはりオーストロ・アジア語との共通語がみつかり、

 古代にこの言葉を話す人々が、

 日本列島に住みついていたことが証明される。

 有肩石斧は鉞(まさかり)の形に特に関係が深いとされるから、

 これも見逃すことはできない。

 銅鉞(どうえつ)は儀式用とも考えられているが、

 有肩石斧の大型のものも同様である。

 「オーストロ・アジア語の分布」『日本人のルーツ15頁』

 1チョタナグプール語群

 2ケルワーリー語群

 3ムンダー語群

 4ヒマラヤ語群

 5カシ語 

 6ワ語群 

 7モン語 

 8モン・クメール諸語 

 9スマン・サカイ語

 10ニコバル語

 11フィリピン諸語

 12高砂語群

 ※数字は前ページの石斧の出土地を示す。

 『大学院講義録23』

 1 『定義』に最も必要な「決め手」
 《『定義』に最も必要な「決め手」》
 「『定義』に最も必要な「決め手」」 

 2 『日本書紀』の磤馭盧(インギョラ)を淤能碁呂と誤訳した『古事記』
 《『日本書紀』の磤馭盧(インギョラ)を淤能碁呂と誤訳した『古事記』》
 「『日本書紀』の磤馭盧(インギョラ)を淤能碁呂と誤訳した『古事記』」 

 3 深刻な思想的理由が見えてきた『古事記』誕生の動機
 《深刻な思想的理由が見えてきた『古事記』誕生の動機》
 「深刻な思想的理由が見えてきた『古事記』誕生の動機」 

 4 当時の深刻な政治情勢と国民感情の記録
 《当時の深刻な政治情勢と国民感情の記録》
 「当時の深刻な政治情勢と国民感情の記録」 

 5 ウソで満ちている 『古事記』序文
 《ウソで満ちている 『古事記』序文》
 「ウソで満ちている 『古事記』序文」 

 6 『魏書倭人章』の真価は卑弥呼時代を定義したこと
 《『魏書倭人章』の真価は卑弥呼時代を定義したこと》
 「『魏書倭人章』の真価は卑弥呼時代を定義したこと」 

 7 記録者が異なると生まれる別伝のサンプル
 《記録者が異なると生まれる別伝のサンプル》
 「記録者が異なると生まれる別伝のサンプル」 

 8 『記・紀』は今、やっと「歴史書」として誕生した
 《『記・紀』は今、やっと「歴史書」として誕生した》
 「『記・紀』は今、やっと「歴史書」として誕生した」 

 9 天皇家の権威を失墜させるエセ歴史学の罪
 《天皇家の権威を失墜させるエセ歴史学の罪》
 「天皇家の権威を失墜させるエセ歴史学の罪」 

 10 歴史は定義できるだろうか?
 《歴史は定義できるだろうか?》
 「歴史は定義できるだろうか?」 

 11 莫大な知的埋蔵物を発掘する一大宝庫
 《莫大な知的埋蔵物を発掘する一大宝庫》
 「莫大な知的埋蔵物を発掘する一大宝庫」 

 12 3大文明が結束して世界再長寿政体が生まれた
 《3大文明が結束して世界再長寿政体が生まれた》
 「3大文明が結束して世界再長寿政体が生まれた」 

 13 『定義』になる「天の御柱めぐり」の記録した史実
 《『定義』になる「天の御柱めぐり」の記録した史実》
 「『定義』になる「天の御柱めぐり」の記録した史実」 

 14 国辱ものの、矛盾だらけの旧式神話観
 《国辱ものの、矛盾だらけの旧式神話観》
 「国辱ものの、矛盾だらけの旧式神話観」 

 15 『記・紀』に本当の神話があるか?
 《『記・紀』に本当の神話があるか?》
 「『記・紀』に本当の神話があるか?」 

 16 高天原寓話の背景にある史実
 《高天原寓話の背景にある史実》
 「高天原寓話の背景にある史実」 

 17 驚異的な、神代紀寓話化筆者の教養の高さ
 《驚異的な、神代紀寓話化筆者の教養の高さ》
 「驚異的な、神代紀寓話化筆者の教養の高さ」 

 18 誓約の天照大神と素戔鳴の尊が卑弥呼と位宮である理由
 《誓約の天照大神と素戔鳴の尊が卑弥呼と位宮である理由》
 「誓約の天照大神と素戔鳴の尊が卑弥呼と位宮である理由」 

 19 『記・紀』には『神話』なんか1つもない
 《『記・紀』には『神話』なんか1つもない》
 「『記・紀』には『神話』なんか1つもない」 

 20 定義が消し去った、悪魔ヒトラー思想の低級な汚染
 《定義が消し去った、悪魔ヒトラー思想の低級な汚染》
 「<定義が消し去った、悪魔ヒトラー思想の低級な汚染/a>」 

 21 断定できて変わらないものが『定義』
 《断定できて変わらないものが『定義』》
 「断定できて変わらないものが『定義』」 

 22 安萬侶は本当に阿礼の話を聞き書きしたのか?
 《安萬侶は本当に阿礼の話を聞き書きしたのか?》
 「安萬侶は本当に阿礼の話を聞き書きしたのか?」 

 23 『記・紀』冒頭部分の-致は奇跡か?
 《『記・紀』冒頭部分の-致は奇跡か?》
 「『記・紀』冒頭部分の-致は奇跡か?」 

 24 定義「『古事記』は『日本書紀』を写したもの
 《定義「『古事記』は『日本書紀』を写したもの》
 「定義「『古事記』は『日本書紀』を写したもの」 

 25 稗田阿礼への疑問はピューティヤが解くか
 《稗田阿礼への疑問はピューティヤが解くか》
 「稗田阿礼への疑問はピューティヤが解くか」 

 26 『古事記』筆者は安萬侶よりはるかに後世の人
 《『古事記』筆者は安萬侶よりはるかに後世の人》
 「『古事記』筆者は安萬侶よりはるかに後世の人」 


 《古代オリエント》
 「古代オリエント」

 《古代メソポタミア》
 「古代メソポタミア」

 《シュメール・シュメル》
 「シュメール・シュメル」

 《ウバイド》
 「ウバイド」

 《倭人(ウワイト)》
 「倭人(ウワイト)」

 《魏書倭人章》
 「魏書倭人章」

 《日本書紀・古事記》
 「日本書紀・古事記」

 《三国史記・三国遺事》
 「三国史記・三国遺事」

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 

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 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』事務局長:金原政敏
         
 『言語復原史学会:画像』

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 《参考》
 古代時代の考古学の最新発見・発表・研究成果
 最新の考古学的発掘の方法
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 装飾古墳

2012年12月25日火曜日

玉-中国文明の象徴-



 『Yahoo!天気・災害』 

 ※出典:加治木義博:言語復原史学会

 大学院講義録 28 33頁



 「図」玉-中国文明の象徴-
 《玉-中国文明の象徴-》
 「玉-中国文明の象徴-」

 「玉(ぎょく)」は大きく「硬玉」と「軟玉」に分かれる。

 硬玉とはいわゆる翡翠(ひすい)のことで、

 鉱物学的にいえばヒスイ輝石を指し、

 軟玉とはネフライト、角閃石や陽起石を指す。

 硬玉は粒状結晶が交差繊維状組織をなす輝石のグループ、

 ネフライトは繊維状組織をなす

 角閃石のクルーフに属し、

 同じ「玉」でも成分的にはまったく異なる鉱物である。

 硬玉、軟玉という呼び方はモース硬度によっている。

 モース硬度が6.5~7の翡翠を硬玉、5.5~6と低いネフライトを軟玉と
 呼びならわすようになったもので、

 軟玉といっても「軟らかい玉」の意味ではない。

 翡翠と比ベて相対的に硬くないというだけのことで、

 むしろ軟玉は、硬玉よりも繊維状の結晶が密に絡み合っているため、

 割れにくく、強靭である。

 地球上でもっとも硬い鉱物は硬度10のダイヤモンドだが、

 衝撃に対する強さ(欠けにくさ、割れにくさ)や粘り強さ(靭性)においては、

 実は軟玉が最も優れているとされる。

 中国古代において主に用いられた「玉」はこの軟玉である。

 軟玉には、叩くと非常によい音色がするというもう-つの特性もいわれ、

 そういったことが、軟玉が愛好された要因の一つかもしれない。

 中国では玉の使用はかなり古い。

 すでに新石器時代の早期に属する遺跡から

 玉を用いた耳飾りなとの装身臭が見つかっている。

 新石器時代後期には、

 長江流域で栄えた良渚文化で玉器が王権と結びつき、

 王権のシンボル、

 あるいは威信財として社会的役割を担うようになる。

 その後、商や周なとの初期王朝時代においても、

 青銅器とともに威信財として尊ばれた。

 戦国時代になると、玉は「生命の再生力」や「辟邪(へきじや)」といった

 特別な力を持つものとして、さまざまな場面で用いられた。

 着物にさまざまな形をした精緻な玉(煙玉(えんぎょく))をくくりつけたり、

 埋葬の際に死者の口に「玉蝉(ぎょくせん)」を含ませたり、

 手に「玉豚」を握らせるなとの風習が行なわれた。

 玉の持つ神秘的な力を信じてのものである。

 さらには、玉の持つ温かみや竪さといった特性が儒教とも結びつき、

 「徳」のある君子を「玉」に例えるなど、

 儒教的徳目の象徴としても位置づけられるようになる。

 漢代には、儒教の官学化にともない、

 玉への信奉はいっそう強くなり、

 死者の全身を玉片で綴った衣(玉衣)で

 覆って埋葬することなども行なわれた。


 「図」玉貝(ぎょくばい)

 (子安貝を摸した玉の飾り)
  Jade cowrie-Shaped ornament
  商晩~西周時代 前14~8世紀
  2001年/成都市金沙遺跡出土
  玉製/長さ3.2cm、幅2.7cm、厚さ0.2~0.63cm、重さ8g
  成都市文物考古研究所載

 子安貝を模した玉器。

 裏面は平らにさかれ、上方には穴があけられており、

 ペンダントとして用いられたものと思われる。

 また、

 左右両側には展示品75の玉牙璧に見られるような

 ギザギザ状の突起がこの玉器にも飾られており、

 金沙遺跡に独特に見られる特徴がここにも表われている。

 中国では新石器時代以降、

 海から遠く離れた内陸部の遺跡からも

 数多くの子安貝が出土することが知られ、

 また二里頭遺跡や商代に属する墓のなかには

 大量の子安貝を副葬する例も少なからず存在し、

 当時このような海洋産の貝が

 何らかの重要な意味をもっていたと考えられる。

 同じ成都平原に位置する三星堆遺跡からは、

 一号坑から62枚、二号坑からは4600枚もの

 実物の子安貝が出土している。

 周囲を高い山々に囲まれた内陸世界である成都平原が、

 直接的であれ間接的であれ、

 海洋産の貝を産出する沿海地域と密接な繋がりを

 持っていたということは非常に興味深い。

 そしてまた、

 金沙遺跡でこのように子安貝が玉で精緻に模倣されたということは、

 三星堆のみならず金沙の人々にとっても

 子安貝が何らかの主要な意味のあるものとして

 捉えられていたということを示していよう。(K.D.)

 『大学院講義録22』

 1 国民を不幸にし続けてきた倒錯した「建国紀元」観
 《国民を不幸にし続けてきた倒錯した「建国紀元」観》
 「国民を不幸にし続けてきた倒錯した「建国紀元」観」

 2 『記・紀』の実態は過去の文献批判の欠落部分にある
 《『記・紀』の実態は過去の文献批判の欠落部分にある》
 「<『記・紀』の実態は過去の文献批判の欠落部分にある/a>」

 3 恥ずかしい「定義不在」の『史書』、『記・紀』
 《恥ずかしい「定義不在」の『史書』、『記・紀』》
 「恥ずかしい「定義不在」の『史書』、『記・紀』」

 4 『記・紀』評価を不動にする「要素」5つ
 《『記・紀』評価を不動にする「要素」5つ》
 「『記・紀』評価を不動にする「要素」5つ」

 5 『定義』に最適な卑弥呼関連記事
 《『定義』に最適な卑弥呼関連記事》
 「『定義』に最適な卑弥呼関連記事」

 6 幾つもあるソナカの別名と、ミマナの語源
 《幾つもあるソナカの別名と、ミマナの語源》
 「幾つもあるソナカの別名と、ミマナの語源」
 
 7 美少女を追って来たソナカと、天日槍の帰化
 《美少女を追って来たソナカと、天日槍の帰化》
 「美少女を追って来たソナカと、天日槍の帰化」

 8 全て「1つのソナカの史実」のバリエーション
 《全て「1つのソナカの史実」のバリエーション》
 「全て「1つのソナカの史実」のバリエーション」

 9 天稚彦は天日矛と同じ名で当て字が違うだけ
 《天稚彦は天日矛と同じ名で当て字が違うだけ》
 「天稚彦は天日矛と同じ名で当て字が違うだけ」

 10 仲哀天皇を殺した熊襲は高天原の皇祖
 《仲哀天皇を殺した熊襲は高天原の皇祖》
 「仲哀天皇を殺した熊襲は高天原の皇祖」

 11 「下手な脚色」から史実を復元できる実例
 《「下手な脚色」から史実を復元できる実例》
 「「下手な脚色」から史実を復元できる実例」

 12 この建国紀元ぬきの『魏書倭人章』論は無価値
 《この建国紀元ぬきの『魏書倭人章』論は無価値》
 「この建国紀元ぬきの『魏書倭人章』論は無価値」

 13 「角が有る人」は非日本語の巨大文化遺産
 《「角が有る人」は非日本語の巨大文化遺産》
 「「角が有る人」は非日本語の巨大文化遺産」

 14 「下手な脚色」から史実を復元できる実例
 《「下手な脚色」から史実を復元できる実例》
 「「下手な脚色」から史実を復元できる実例」

 15 『記・紀』は非常に高度な『史実記録集』
 《『記・紀』は非常に高度な『史実記録集』》
 「『記・紀』は非常に高度な『史実記録集』」

 16 完璧に揃っている物証文化財「牛と角」の名乗り
 《完璧に揃っている物証文化財「牛と角」の名乗り》
 「完璧に揃っている物証文化財「牛と角」の名乗り」

 17 一人の天皇の記事が別人のように分散し
 《一人の天皇の記事が別人のように分散し》
 「一人の天皇の記事が別人のように分散し」

 18 「神代の天稚彦」記事は明らかに編集ミス
 《「神代の天稚彦」記事は明らかに編集ミス》
 「「神代の天稚彦」記事は明らかに編集ミス」

 19 1世紀以上も時代を間違えて編集した『仲哀天皇紀』
 《1世紀以上も時代を間違えて編集した『仲哀天皇紀』》
 「1世紀以上も時代を間違えて編集した『仲哀天皇紀』」

 20 『記・紀』は日本の統一過程を記録した文化財
 《『記・紀』は日本の統一過程を記録した文化財》
 「『記・紀』は日本の統一過程を記録した文化財」

 21 『記・紀』は建国の真相を記録保存している史料
 《『記・紀』は建国の真相を記録保存している史料》
 「『記・紀』は建国の真相を記録保存している史料」

 22 いま初めて可能になった『記・紀』評価
 《いま初めて可能になった『記・紀』評価》
 「いま初めて可能になった『記・紀』評価」

 23 『記・紀』の『定義』
 《『記・紀』の『定義』》
 「『記・紀』の『定義』」

 24 仲哀は孝霊時代人。『仲哀紀』の異様な時代配置
 《仲哀は孝霊時代人。『仲哀紀』の異様な時代配置》
 「仲哀は孝霊時代人。『仲哀紀』の異様な時代配置」

 25 本来不可能な統一隠しを強行した『記・紀』編纂
 《本来不可能な統一隠しを強行した『記・紀』編纂》
 「本来不可能な統一隠しを強行した『記・紀』編纂」

 26 『記・紀』の書名が、誰が編纂者かの動かぬ証拠
 《『記・紀』の書名が、誰が編纂者かの動かぬ証拠》
 「『記・紀』の書名が、誰が編纂者かの動かぬ証拠」

 27 彦五十狭芹彦(戦さの君)が仲哀天皇
 《彦五十狭芹彦(戦さの君)が仲哀天皇》
 「彦五十狭芹彦(戦さの君)が仲哀天皇」

 28 吉備と播磨に濃厚に残る伝承と倭国の誕生
 《吉備と播磨に濃厚に残る伝承と倭国の誕生》
 「吉備と播磨に濃厚に残る伝承と倭国の誕生」

 29 卑弥呼を神功皇后にした2つの遺志
 《卑弥呼を神功皇后にした2つの遺志》
 「卑弥呼を神功皇后にした2つの遺志」

 30 『定義』の真価。角が有る人。伽耶時代の地名
 《『定義』の真価。角が有る人。伽耶時代の地名》
 「『定義』の真価。角が有る人。伽耶時代の地名」

 《古代オリエント》
 「古代オリエント」

 《古代メソポタミア》
 「古代メソポタミア」

 《シュメール・シュメル》
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2012年12月24日月曜日

四川地方のシルクロード



 『Yahoo!天気・災害』 

 ※出典:加治木義博:言語復原史学会

 大学院講義録 28 29頁



 「図」四川地方のシルクロード
 《四川地方のシルクロード》
 「四川地方のシルクロード」


(Ⅰ)

 ここ数年私(杉本憲司)は、

 (財)なら・シルクロード博記念国際交流財団シルクロード学研究センター事業の一環として

 行なっている、

 青海(せいかい)省シルクロードと四川(しせん)省シルクロードの

 現地調査に参加している。

 なぜ、このような調査を行なっているかというと、

 一つは、 今まで多くの人が調査をしてきた表街道である

 周知のシルクロード

 (古代の長安から西の方(かた)、

 甘粛(かんしゅく)省内の河西回廊、

 すなわち祁連(チリエン)山脈の北側を通り、

 敦煌、玉門関を通過して新疆省内の

 タクラマカン砂漠周辺のオアシス都市国家づたいに進み、

 やがてパミール高原をこえてさらに西にいく)が、

 政治的な理由や、また何かの理由で通行しがたくなったときに、

 裏街道一つとして、

 今日の青海省内を通行することがあったのではないか。

 もしそうであったならば、

 どの道を通ったのであろうかを調べてみたかったからである。

 二つには、文物に関しての関心である。

 その一つは、

 南海産の<タカラガイ>が

 甘粛、青海、四川地方の新石器時代から

 青銅器時代(青海省内の卡約(カユエ)文化、ノモホン〈諾木洪〉文化。

 四川省内の三星堆(さんせいたい)文化など)にかけての

 墓などの遺構から出土しているが、

 これがどの海岸から、どの道を通って運ばれてきたのか、

 この外、四川省内の後漢代から蜀漢代の墓室の壁や、

 墓室内から出土する揺銭樹(ようせんじゅ)などにみられる

 仏教関係の造形物が、

 いかなる道を通じて伝播したのかについて関心がある。

 これら以外に四川、青海からチベットへの道にも興味があり、

 唐代の文成公主などの入吐蕃(とはん)道が、

 今まで言われているようなものでいいのかということも考えている。

 これらの道は今日の計画的に造られたもの

 (青海省では緯度線に治って東西に一直線の道がある)でなく、

 当時の自然・歴史環境のなかで、

 もっとも安全な道を通っていると考えたとき、

 それが今日のどのあたりを通っていたとみたらよいのかを、

 机上の地図だけでなく、

 現地にはいり可能なかぎり見てみようと考えた。

 その際、地図

 (入手可能のもっとも精微なものとして、

  ロシアの十万分の一の地図を原則として使用、

  その他、共同詞査をする中国側には、

  外国人が使用できない中国作成の十万分の一の地図を

  できるかぎり使用してもらう)、

 コロナ衛星写真

 (1970年・代の写真であるが、これが案外役に立つ。

  それは、最近30年間に開発などで壊された遺跡

  (城壁、古墳墓など)が写真から確認できる)、

 GPSによる位置確認などを可能なかぎり利用し、

 自分たちの足で歩いて人間が残した痕跡を

 目で確認していくことを行なった。

 この調査は大変であるが、半面楽しさもあり、

 衛星写真歴史学・考古学というような学問が、

 できるようになるかもしれないと思っている。

 (Ⅱ)

 <カイ>の道について、まず見ていこう。

 <タカラガイ>が中国の<殷>(商)王朝期に、

 南海からはるかはなれた黄河流域に運ばれ、

 王族・貴族たちに珍重されていたことは

 よく知られるところでこあり、

 貨幣のような使われ方もされていたようで、

 経済関係の漢字、

 たとえば「賣」、「買」のような貝偏の字が多くあることは

 周知のことである。

 また、<タカラガイ>は他の地域でもみつかっていて、

 その出土分布地のあり方を調べることは道を知る上で大変役立つ。


 最近の研究

 (熊本大学文学部考古学研究室ら

  『中国古代の<タカラガイ>使用と流通、

  その意味-商周代を中心に-』2003年)によると、

 <タカラガイ>はインド・太平洋の暖水域を中心に

 熱帯から温帯海域にひろく生息する<巻貝>のことで、

 中国で142種、日本で105種知られている。

 黄河中下流域の殷・周時代の遺跡から発見される

 <タカラガイ>の大部分は<キイログカラ>で、

 この産地は他の貝との組み合わせから見て

 東南部海域(澎湖諸島を含む中国南部沿岸・台湾)で、

 ここから琉球列島や中国東海岸沿いに北上して、

 東部海域(渤海・黄海・長江以北の東中国海)から

 山東をへて中原の<殷>中心地に運ばれたと考えられる。

 中原以外の<タカラガイ>の出土地には、

 青海省、四川省、雲南省などがあげられる。

 これが、西南<シルクロード>にかかわるもので、

 私の青海・四川調査の動械の一つであった。

 青海では、新石器時代から青銅器時代の墓などから、

 何種類かの貝が出土しているが、

 その中には東南部海域産の

 <オオカニノテムシロ>、

 <キイログカラ>、

 <ハナビラタカラ>(?)、

 <ナツメモドキ>と、

 東部海域産(?)の<シジミ>と、

 中原淡水域産の<イシガイ類>と、

 ベンガル湾産(?)の<シャンクガイ>がふくまれている。

 四川では、今回の展覧会でもみられる、

 広漢(こうかん)市郊外の<殷代後期>にあてられる

 <三星堆遺跡>の一号、二号祭祀坑から

 多数の青銅器、金器、玉(石)器、象牙らとともに

 数千におよぶ<カイ>が出土している(図1)。

 この<カイ>のほとんどは<キイロダカラ>で、

 他に若干の<ハナビラダカラ>などがふくまれている。

 また最近発見の、

 成都市内西北部にある<殷代終末期>から

 <周代初期>にあてられる<金沙遺跡>、

 今回、金器などが展観されている遺跡からは玉製の

 <タカラガイ>が出土している(図2)。
 
 さらに南にある雲南でも、

 春秋時代末期から前漢時代にかけての遺跡から

 <カイ>が出土している。

 ここから出土するものはほとんど<ハナビラダカラ>で、

 他にわずかの<キイロダカラ>と<ホシダカラ>と<シャンクガイ>がみられる。

 この<ハナビラタカラ>はベンガル湾産と考えられていたが、

 最近の研究(先述の熊本大学の報告にみえる黒住耐二氏の研究・調査)によれば、

 南部海域(海南島、ベトナム中・南部)産と考えた方がよいようである。

 また、この地の宋代火葬墓から出土する<キイロダカラ>は

 インド洋のモルジプ諸島産の可能性があるようである。

 この、奥地の三省で発見された<カイ>が、

 海岸からどのような道を通ってきたのか。

 <カイ>の産地からみていくと、

 青海では中原の淡水産のイシガイ類が見られるところから、

 <カイ>が複数類セットで運ばれてきたものとすれば、

 ここの東南部海域産の<キイロダカラ>なども

 中原径由で運ばれてきたと見るのが自然である。

 また、四川の三星堆遺跡のものは、

 青銅器がどの地域と関係を濃くもっているかと格んで

 考えなければならないが、

 <タカラガイ類>だけでみれば、

 青海と同様に中原径由とみられるようである。

 つぎに、雲南はどうであるかをみると、

 ここでもっとも多いのは<ハナビラガイ>で、

 どうもこれは中原経由ではなく、

 南部海域からどこかの陸地の道を経由して運ばれてきたようである。

 しかし、ここで気になるのは<シャンクガイ>で、

 これは前述のようにベンガル産で、

 このカイがどの道を通って運ばれてきたのかに大変興味がある。

 今、正解があるわけでないが、

 いくつかの考え方ができるのではないかと思う。

 その一つに私が考えている、

 ベンガル湾沿岸から東パキスタンを径由して

 雲南西部から雲南中部に至り、

 ここから北上して四川をへて青海に入る道を

 想定してもよいのではないか。

 これは雲南中部で南から北上してくる

 ビルマ・ルートと合わさっている。

 これが、

 私の今考えている西南シルクロードに

 あてはまるのではないかと思っている。

 「図1:キイロダカラ/三星堆一号祭祀坑出土(『三星堆祭祀坑』)より」

 「図2:玉貝/金沙遺跡出土(『金沙陶珍』)より」

 『大学院講義録21』

 1 虚構ではなかった紀元前660年の我が国建国
 《虚構ではなかった紀元前660年の我が国建国》
 「虚構ではなかった紀元前660年の我が国建国」

 2 誰がいつまでも「田舎紛争建国」を信じるか
 《誰がいつまでも「田舎紛争建国」を信じるか》
 「誰がいつまでも「田舎紛争建国」を信じるか」

 3 不当に劣等視してきた自虐説『邪馬台国大和説』
 《不当に劣等視してきた自虐説『邪馬台国大和説』》
 「不当に劣等視してきた自虐説『邪馬台国大和説』」

 4 カドモス伝承はどれだけ我が国と関係があるか?
 《カドモス伝承はどれだけ我が国と関係があるか?》
 「カドモス伝承はどれだけ我が国と関係があるか?」

 5 邑婁、天照大神、嘉手納、門松、千葉、淡路島
 《邑婁、天照大神、嘉手納、門松、千葉、淡路島》
 「邑婁、天照大神、嘉手納、門松、千葉、淡路島」

 6 『邪馬台大和説』の誤りを自白している大和の地名
 《『邪馬台大和説』の誤りを自白している大和の地名》
 「『邪馬台大和説』の誤りを自白している大和の地名」

 7 委奴国、呉・高麗、井出、美濃の語源
 《委奴国、呉・高麗、井出、美濃の語源》
 「委奴国、呉・高麗、井出、美濃の語源」

 8 記録の真実性を証明した神武紀元と建国記録の真相
 《記録の真実性を証明した神武紀元と建国記録の真相》
 「記録の真実性を証明した神武紀元と建国記録の真相」

 9 アカイヤ人がつくったミケーネ文化
 《アカイヤ人がつくったミケーネ文化》
 「アカイヤ人がつくったミケーネ文化」

 10 検討すればする程凄いの真実度
 《検討すればする程凄いの真実度》
 「検討すればする程凄いの真実度」

 11 この建国紀元ぬきの『魏書倭人章』論は無価値
 《この建国紀元ぬきの『魏書倭人章』論は無価値》
 「この建国紀元ぬきの『魏書倭人章』論は無価値」

 12 『記・紀』は「人類の宝」、しかし亡国に使った奴ら
 《『記・紀』は「人類の宝」、しかし亡国に使った奴ら》
 「『記・紀』は「人類の宝」、しかし亡国に使った奴ら」

 13 古代日本人文明史年表
 《古代日本人文明史年表》
 「古代日本人文明史年表」

 14 マガダ国の誕生も紀元前660年ころ
 《マガダ国の誕生も紀元前660年ころ》
 「マガダ国の誕生も紀元前660年ころ」

 15 完全に解った卑弥呼共立の実相
 《完全に解った卑弥呼共立の実相》
 「完全に解った卑弥呼共立の実相」

 16 完全に解った卑弥呼共立の実相
 《完全に解った卑弥呼共立の実相》
 「完全に解った卑弥呼共立の実相」

 17 「世界宗教!神道」も雑婚も歴山大王の遺訓から
 《「世界宗教!神道」も雑婚も歴山大王の遺訓から》
 「「世界宗教!神道」も雑婚も歴山大王の遺訓から」

 18 卑弥呼政権が生み出した五彩圏連邦高文化の所産
 《卑弥呼政権が生み出した五彩圏連邦高文化の所産》
 「卑弥呼政権が生み出した五彩圏連邦高文化の所産」

 19 神武紀元は讖緯説(しんいせつ)だと否定した宣長や信友・那珂
 《神武紀元は讖緯説(しんいせつ)だと否定した宣長や信友・那珂》
 「神武紀元は讖緯説(しんいせつ)だと否定した宣長や信友・那珂」

 20 歴史家に総否認されてきた西暦前660年建国紀元
 《歴史家に総否認されてきた西暦前660年建国紀元》
 「歴史家に総否認されてきた西暦前660年建国紀元」

 21 詰まらなく見えるが「大きな証拠」
 《詰まらなく見えるが「大きな証拠」》
 「詰まらなく見えるが「大きな証拠」」

 22 真相は年代ではなく数字による応神天皇の名乗り
 《真相は年代ではなく数字による応神天皇の名乗り》
 「真相は年代ではなく数字による応神天皇の名乗り」

 23 国家の威信に関わる重大な国家年齢
 《国家の威信に関わる重大な国家年齢》
 「国家の威信に関わる重大な国家年齢」

 24 特記の動機は当時までの惨澹たる中国の政情
 《特記の動機は当時までの惨澹たる中国の政情》
 「特記の動機は当時までの惨澹たる中国の政情」

 25 書紀編纂の深奥部まで見せてくれた「語呂合わせ」
 《書紀編纂の深奥部まで見せてくれた「語呂合わせ」》
 「書紀編纂の深奥部まで見せてくれた「語呂合わせ」」

 26 解明の恩人=ギリシャ系史実の遺物はどれ程あるか?
 《解明の恩人=ギリシャ系史実の遺物はどれ程あるか?》
 「解明の恩人=ギリシャ系史実の遺物はどれ程あるか?」

 《古代オリエント》
 「古代オリエント」

 《古代メソポタミア》
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 「シュメール・シュメル」

 《ウバイド》
 「ウバイド」

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 「倭人(ウワイト)」

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