2012年2月19日日曜日

日本・朝鮮は和人の宝貝経済文化圏(1)



 ※出典:加治木義博:言語復原史学会
     KKロングセラーズ ムックの本
     ジンム・プロブレム
     真説:日本誕生 卑弥呼を攻めた神武天皇
     145~157頁



 《日本・朝鮮は和人の宝貝経済文化圏

 「後期縄文人の中心=殷人

 私(加治木義博)の『日本人のルーツ』などが理解されて、

 古代日本に中国の影響が見られるという学者がふえてきたが、

 縄文文化の大半は中国の殷の人たちと共通のものである。

 それは<イネ>と<イン>などの共通名詞や[委奴国王]の金印や、

 各地の[イナ、イヌ、イノ]という地名や、

 この写真の2つの水さしがもつ多数の共通点や、

 この2つが出土した土地が、同じ北緯36度の直線上にあって、

 その距離も2200キロメートルを測量して配置されている、

 という事実などから、決定的なものだからである。

 これはその最高の証拠品。

 写真:左・「青銅人面盉」中国安陽・殷墟出土
       (ワシントンのフリア博物館蔵

 写真:右・「縄文人面注口器」茨城県稲敷郡福田貝塚出土
       縄文後期(西宮市の辰馬資料館蔵


 《[宮]はヒミコ時代からの伝統の名

 《南九州に点在する[ミヤ]の地名

 《卑弥呼と都・宮古とは同じ言葉

 《[ミヤコ]を生んだのはキレナイカ語

 《[高句麗本紀]は九州天皇家の記録

 《『古事記』は『書紀』の私的な解説書

 《すごく泣いたから「スサの大ナキのミコト」?

 《スサノオは間違いなく実在の人物

 《王名と歴史記事のズレはなぜ起こる?

 《なぜ[言語]が、歴史の真相を教えるか?

 《「国が移動した」と思うのは大間違い

 《幻想にすぎない過去の日本建国史観

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2012年2月18日土曜日

和人圏だった沖縄~朝鮮全域(2)



※出典:加治木義博:言語復原史学会
KKロングセラーズ ムックの本
ジンム・プロブレム
真説:日本誕生 卑弥呼を攻めた神武天皇
136~144頁



和人圏だった沖縄~朝鮮全域

図:
鴨緑江
遼東
丸都(通溝)
ピョンヤン
ソウル
四千里×四千里
馬韓
弁辰
辰韓
狗邪韓国(巨済島)
三千里
済州島
対馬
壹岐
下関
伊都

三韓は「物差し」で倭人の国だと分かる

<帯方郡から倭へ行く距離も「倭人里」/a>》


 《倭人が当て字した「卑弥呼」の文字

漢字はいつ、どう、伝わったか?

縄文時代から来ていた中国人

謙遜して書いた悪字「卑弥呼」

真実のヒミコの本名か物語るもの

《参照》

「図説世界文化地理大百科:古代のメソポタミア」
「メソポタミア」
「シュメル=シュメール」
「ウワイト」
「シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書」


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2012年2月17日金曜日

和人圏だった沖縄~朝鮮全域(1)



※出典:加治木義博:言語復原史学会
KKロングセラーズ ムックの本
ジンム・プロブレム
真説:日本誕生 卑弥呼を攻めた神武天皇
115~135頁



絵:コンピューターが復元した[倭人使]の顔

『倭人章』の文章を説明につけた中国の『職貢図鑑』の絵は、
职贡图 (萧绎)
是由梁元帝萧绎绘制的,且为中国历史上现存最早的职贡图,图中描述了三十五国使者的形象和特征。根据史载资料推断,此画创作于526年~539年。《职贡图》原图已不存在,现藏于中国国家博物馆的《职贡图》为宋人摹本的残卷。残卷长200.7cm,约为原图长度一半,仅保留了当中的十二国使者。

絵具が剥落して人相がよく分からなくなっているが、

私(加治木義博)がCDグラフィック技術で復元してみたところ、

地中海から中近東、インドというコースを示す容貌が現れた。

和人圏だった沖縄~朝鮮全域
和人圏だった沖縄~朝鮮全域


南島から西九州を北上した高句麗
                
前期三韓人は全部「和人」か「倭人」

狗邪(くじゃ)韓国は倭国連邦の一国

重要外交文書の厳重なチェック態勢


邪馬臺のなぞの本当の犯人


陳寿たちには罪はない

『魏志韓伝』「馬韓」国名発音リスト

三韓国名の「国籍」の決め方

[馬韓]の各国名は全部、日本名

『魏志韓伝』「辰韓」小国名発音リスト

『魏志韓伝』「弁辰」小国名発音リスト

[辰韓・弁辰]の国名も日本名

「クリ」はギリシャを意味していたか?

沖縄→九州→朝鮮、そして大和へ

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2012年2月16日木曜日

ヒミコの悲劇と和人の高度文明(5)



※出典:加治木義博:言語復原史学会
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ジンム・プロブレム
真説:日本誕生 卑弥呼を攻めた神武天皇
112~114頁



沖縄語で書かれている高句麗王名
沖縄語で書かれている高句麗王名

図:鹿児島西部に実在する『三国史記』地名

日鮮建国の舞台(加治木原図)

(1)白岳山(白髪岳)

(2)鴨緑水(川内川)

(3)卒本(慕本)(出水)出雲

(4)国内城(宮之城)

(5)佟江(東郷)

(6)音城山(野田青木原)

(7)丸都城(隈之城)倭津城)

(8)慰礼城(入来)

(9)医無間山(湯之牟礼山)

(10)櫛茅渟(串木野)

(11)韓郷島(鹿児島)

(12)丸都城(加治木)

(13)房(坊之津)

(14)成川(卒木扶余)(成川)

(15)伽耶(鹿屋)

(16)高天原(高隈山)

(17)熊心山(負児岳)(韓国見岳)

  (18)高徐伐(高千穂峰)

  (19)漢水(球磨川)

  (20)奥津(大口)

  (21)任那(水俣)

  (22)百済(串良)

  (23)方忽岳山(鉾立山)


ヒミコの悲劇と和人の高度文明
ヒミコの悲劇と和人の高度文明

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2012年2月15日水曜日

ヒミコの悲劇と和人の高度文明(4)



※出典:加治木義博:言語復原史学会
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ジンム・プロブレム
真説:日本誕生 卑弥呼を攻めた神武天皇
98~111頁



写真:古代中国の金庫〔貯貝器]

青銅製でフタに豪華な装飾がついている。

[宝貝]がどんなに大切に扱われていたかが分かる。

また下の「貯」の字が、

この貯貝器の象形文字だったことも一見して分かるし、

装飾の建物が家屋文鏡カチン人の大家屋

(第6章193ページ写真)と同じであることも分かるし、

軒先が[千木」=チギ]に見えることも分かると思う。

これを作った人や使った人は、

カリエン人ヤオ人とも密接な関係にあったのである。

写真:貝の古文字

中国の富と経済がどんなに[宝貝]に支配されていたか、

証明しているのは漢字である。

辞書で貝のつく字がどれくらいあるかご覧いただきたい。

ここではその内の殷周時代の文字

宝貝の象形文字であることと、

[貯]と[宝]の字の歴史をみていただく。


ヒミコの悲劇と和人の高度文明
ヒミコの悲劇と和人の高度文明

古代沖縄経済の中心産業「宝貝」
古代沖縄経済の中心産業「宝貝」


「宝貝輸出王国」だった沖縄
「宝貝輸出王国」だった沖縄


13世紀の文献に描かれた、なぞの沖縄人
13世紀の文献に描かれた、なぞの沖縄人


日本人と同系のカリ工ン人の仲間
日本人と同系のカリ工ン人の仲間

『倭人章』と完全に一致するカリエン人の風俗習慣
『倭人章』と完全に一致するカリエン人の風俗習慣


初めて発見された日鮮語との同系語
初めて発見された日鮮語との同系語


[倭(ウワイ)]は白人と仏教徒を意味する
[倭(ウワイ)]は白人と仏教徒を意味する


カリエン人=宝貝人=高麗人
カリエン人=宝貝人=高麗人


和人とはカリエンのことだった
和人とはカリエンのことだった


和(カ)人と倭(ウワイ)人と縄文、弥生、古墳人の区別
和(カ)人と倭(ウワイ)人と縄文、弥生、古墳人の区別

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2012年2月14日火曜日

ヒミコの悲劇と和人の高度文明(3)



※出典:加治木義博:言語復原史学会
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真説:日本誕生 卑弥呼を攻めた神武天皇
93~97頁



正しいコースは、

ただ一つ海の中に国があったと信じる者はない。

壱岐

邪馬台国宇佐説

邪馬台国甘木説

邪馬台国北部九州説

邪馬台国畿内説

邪馬台国吉野ケ里説

邪馬台国奄美説

邪馬台国沖縄説

末盧国

伊都国

牛津

邪馬壹国


ヒミコの悲劇と和人の高度文明
ヒミコの悲劇と和人の高度文明

世界に恥ずかしい『近畿説』と『北部九州説』
世界に恥ずかしい『近畿説』と『北部九州説』


日本側記録だけが『倭人章』を正解できる
日本側記録だけが『倭人章』を正解できる

なぞの、あなたと私の共通の先祖は?
なぞの、あなたと私の共通の先祖は?

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2012年2月13日月曜日

ヒミコの悲劇と和人の高度文明(2)



※出典:加治木義博:言語復原史学会
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80~92頁



「翰苑」が記録していた[梯儁の報告書]

「翰苑」 
「翰苑」 

中央の大きな字の前がが帯方郡使・梯儁の書いた報告書の最後。

彼がヒミコの宮殿でミコに合い、

その楼観などを見たのは、

伊都国でのことだったと証明する

「魏略」の文章が引用されている。

それはハツキリ、伊都国までで終わっていて、

その後の変動は知らない。

ヒミコはその後南に都を移し、

その政権が倒れて邪馬壹国が生まれたのは、

7年後のことだった。

南から移動してきた奴国や不弥国、

水行十日、陸行二十日などは、

その次の張政がきた時点での「変動の記録」だったのである。


ヒミコの悲劇と和人の高度文明
ヒミコの悲劇と和人の高度文明


確実にヒミコに会った帯方郡使の梯儁
確実にヒミコに会った帯方郡使の梯儁


『魏書倭人章』の原著書は二人だけ
『魏書倭人章』の原著書は二人だけ


『魏志』と異なる『魏略』のなぞ
『魏志』と異なる『魏略』のなぞ

ヒミコは伊都国で帯方郡使と会った
ヒミコは伊都国で帯方郡使と会った


梯儁が帰った後で遷都したヒミコ
梯儁が帰った後で遷都したヒミコ


ヒミコのなぞの会話「自謂(みずからいう)、年已(すでに)長大」
ヒミコのなぞの会話「自謂(みずからいう)、年已(すでに)長大」


青い眼の色が余儀(よぎ)なくした遷都
青い眼の色が余儀(よぎ)なくした遷都


ヒミコは呉の皇帝と同族だった
ヒミコは呉の皇帝と同族だった

唐古で出土したダブル妄想の桜観図
唐古で出土したダブル妄想の桜観図

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