2012年12月10日月曜日

実在していた「干支圏」



 『Yahoo!天気・災害』 

 ※出典:加治木義博言語復原史学会

 大学院講義録 18 8頁



 「図」実在していた「干支圏」
 《実在していた「干支圏」
 「実在していた「干支圏」


              根 高麗
          イノ  ネ コマ     オカ 岡・遠賀
          委奴国 子 子国     大日
          イ 亥        丑  ウシ
      吉野ガ里             宮崎県妻=當間
      エノ              當国=トマ
      イヌ 戌          寅 トラ
 熊本市通町                  大分
 八代市通町                  臼杵
 長島 トリ 酉              卯 ウ
 川内市鳥追町                 大崎
      薩摩            辰巳ガ島 種子ガ島
      サッ            タツ
      サル 申          辰
      枕崎市日之出町      三島
         ヒツジ 未   巳 ミ
              午 ウマ
                大国=大之囲=奄美大島

 『実在していた「干支圏」』

 その『干支圏』の詳細はどんなものだったのか?。

 それは下図のように配置されている。

 ネは子で子国はコマ。

 高麗=高句麗(コクラ)・小倉に。

 ウシは丑で大日(ウシ)(大隅語)、

 これはオカと読まれて岡(=福岡)、遠賀のあたり。

 トラは寅で当国(トラ)、

 これはトマ・ツマと読まれて宮崎県の妻。

 寅をエンと読んで遠賀が寅になった時代もある。

 ウの卯は東端で大がウ、

 北では大分・臼杵が合い、

 南では大崎・青島が合う。

 タツ・辰は辰巳ガ島の位置に種子ガ島があり、

 巳のミはその西に三島村がある。

 これから行くと午は、どうしても奄美大島になる。

 ここは大之国(シマ)=大国(ウマ)、

 大隅もやはり大国・ウマでもあった。 

 そこから見ると未・ヒツジの位置に

 枕崎市日之出(ヒツジ)町がある。

 申はサル、薩摩語ではサッともいうから薩摩。

 酉はトリ、川内市鳥追町や熊本市と八代市にある通町が合い、

 鳥をチョウと発音すると長島もその位置にある。

 戌はイヌ、犬ころをエノコロと発音するから

 吉野ガ里もエノガリで戌。

 ここは志賀島出土金印の「委奴国」だった可能性が高い。

 こうみてくると、

 それ相応の位置にだけ、干支相当の地名が残っているし、

 子を高句麗に、

 午を大島に置く大『干支圏』の遺物も分布している。

 『干支は古代中国「殷」の文化』

 こうして高句麗は「ネの国」と呼ばれて、

 間違いなく卑弥呼以前に領有されていたことが証明されている。

 このほうが、五彩圏よりもさらに古い可能性がある。

 だとするとそれらの干支は中国の文化のように見えるから、

 ギリシャ文化が入ってくる前には

 中国文化が入って来ていたのであろうか?。

 干支は、すでに殷の時代にみられる文化である。

 歴代皇帝は自分の生れ年の干支を知っていただけでなく、

 神にを酒を捧げる器(うつわ)

 「觥」(こう)をその干支に象って使う伝統をもっている。

 私はその1つ『兕觥(じこう)』を所蔵しているが、

 それは酒池肉林をやって周に滅ぼされた

 最後の皇帝「紂・チュウ」のもので、

 チュウとは丑のこと。

 丑年生まれだからチュウと呼ばれた。

 私(加治木義博)の兕觥も牛の形をしているが、

 神秘化して一本角にしているから「兕」と呼ばれているが、

 彼が丑年生まれだった証拠である。

 紂の字は、彼を倒した周の学者がわざと、

 丑でなく、

 それと同じ発音の

 「寸たらずの糸=役立たず」という意味の紂の字を使ったのである。

 その殷の首都は、

 茨城県稲敷郡と同じ緯度の北緯36度線上にあり、

 そこをヒタチ=日立=太陽の昇るところ=

 出発点=父祖が後にした故郷として崇拝している。

 インとは南九州語で「イン=去る=申(サル)」で、

 太陽が去る(沈む)西を意味していたことがわかる。

 『「商」を「あきない」と読ませたもの』

 申は西南西で真西ではないが、

 インはまた南九州語では犬のことでもあるからイヌ=戌、

 これは西北西を指し、

 2つは真西にある殷墟を挟む位置に並んでいる。

 これでこれまで誰も考えたことのない殷の語源は、

 このサルとイヌとのコントラストで、

 南九州語の「戌と申」だったことがわかる。

 『干支圏』の「戌と申」は殷の時代から実在していたのである。

 すでにお話ししたように殷はその建国から、

 貝貨幣を使った商行為で超大国になるまで、

 台湾から琉球列島を本拠とした

 高砂人=高族=カリエン人と切っても切れない関係にあった。

 こうした遺物によって確認された歴史と、

 常陸を聖地とするその信仰の在り方からみて、

 商帝国を支配した殷人たちが、

 縄文日本人の一族だったことは疑う余地がない。

 すると彼らが高砂人の運ぶ宝貝を使って商行為を発展させ、

 大帝国を建設したことも当然のことになる。

 だからその国号の商が、

 現在に至るまで同じ行為を「商」、

 それに従事する人々を「商人」と呼ばせているのである。

 また商の日本読み「あきない」も「秋無い」に通じる。

 殷は確かに冬の国・夫余と似た

 大陸牲気候のひどい華北平原にあって、

 春が来たと思うと夏、

 と思う間もなく、

 あっという間にもう冬が来ているという地域である。

 四季を知る日本列島の人たちは「秋無い」国と呼んだのだ。

 こうして日本語は語彙を殖やしてきたのである。

 『大学院講義録08』

 1 パーリ語による謎解き『天孫降臨』
 《パーリ語による謎解き『天孫降臨』
 「パーリ語による謎解き『天孫降臨』

 2 豊の国の系譜
 《豊の国の系譜
 「豊の国の系譜

 3 「豊」は首都圏だった主要国名
 《「豊」は首都圏だった主要国名
 「「豊」は首都圏だった主要国名

 4 パーリ語が解いた「葦」の国の謎
 《パーリ語が解いた「葦」の国の謎
 「パーリ語が解いた「葦」の国の謎

 5 「原」の謎を解く「ハラカラ」の語源
 《「原」の謎を解く「ハラカラ」の語源
 「「原」の謎を解く「ハラカラ」の語源

 6 発音差が意識された時代と「カラ」の真意
 《発音差が意識された時代と「カラ」の真意
 「発音差が意識された時代と「カラ」の真意

 7 「カラ」の語源と「姶良」の真意
 《「カラ」の語源と「姶良」の真意
 「「カラ」の語源と「姶良」の真意

 8 「カラ」も唐の皇帝も姶良生まれ
 《「カラ」も唐の皇帝も姶良生まれ
 「「カラ」も唐の皇帝も姶良生まれ

 9 豊葦原の領域と「瑞穂の国」捜査のヒント
 《豊葦原の領域と「瑞穂の国」捜査のヒント
 「豊葦原の領域と「瑞穂の国」捜査のヒント

 10 パーリ語だった反正天皇の名乗り
 《パーリ語だった反正天皇の名乗り
 「パーリ語だった反正天皇の名乗り

 11 反正天皇の名乗りが復元した史実
 《反正天皇の名乗りが復元した史実
 「反正天皇の名乗りが復元した史実

 12 改めて確認された「名乗り」の真価
 《改めて確認された「名乗り」の真価
 「改めて確認された「名乗り」の真価

 13 考古学界の大変身?ヤマト『政権交替』展!
 《考古学界の大変身?ヤマト『政権交替』展!
 「考古学界の大変身?ヤマト『政権交替』展!

 14 やっと私たちに追随し始めた考古学界
 《やっと私たちに追随し始めた考古学界
 「やっと私たちに追随し始めた考古学界

 15 政権交替を立証する展示内容
 《政権交替を立証する展示内容
 「政権交替を立証する展示内容

 16 前期後半の大型前方後円墳の変遷
 《前期後半の大型前方後円墳の変遷
 「前期後半の大型前方後円墳の変遷

 17 首長派遣や勢力分布を示す遺物「古墳」
 《首長派遣や勢力分布を示す遺物「古墳」
 「首長派遣や勢力分布を示す遺物「古墳」

 18 墳型の様式や主体部の変化の真意
 《墳型の様式や主体部の変化の真意
 「墳型の様式や主体部の変化の真意

 19 特に注目してほしい合手(ごうす)形石製品
 《特に注目してほしい合手形石製品
 「特に注目してほしい合手形石製品

 20 政権交替の相手は先行倭国(旧卑弥呼政権)
 《政権交替の相手は先行倭国(旧卑弥呼政権)
 「政権交替の相手は先行倭国(旧卑弥呼政権)

 21 瓊瓊杵(ニニギ)の命の出発点は何故?淡路島か?
 《瓊瓊杵の命の出発点は何故?淡路島か?
 「瓊瓊杵の命の出発点は何故?淡路島か?

 22 実在した天照大神の社(やしろ)をもつ倭王・珍の都「津名」
 《実在した天照大神の社をもつ倭王・珍の都「津名」
 「在した天照大神の社をもつ倭王・珍の都「津名」

 23 津名は「神勅の天照大神」の遺跡
 《津名は「神勅の天照大神」の遺跡
 「津名は「神勅の天照大神」の遺跡

 24 「葦(ナラ)」は興が占領し、武が取り戻した領土
 《「葦(ナラ)」は興が占領し、武が取り戻した領土
 「「葦(ナラ)」は興が占領し、武が取り戻した領土

 25 何が史実を神話化させたか
 《何が史実を神話化させたか
 「何が史実を神話化させたか

 26 眼に見える 『日本書紀』編纂会議の様子
 《眼に見える 『日本書紀』編纂会議の様子
 「眼に見える 『日本書紀』編纂会議の様子

 27 天風大神が淡路島にいた証拠「大阪湾・国生み」
 《天風大神が淡路島にいた証拠「大阪湾・国生み」
 「天風大神が淡路島にいた証拠「大阪湾・国生み」

 28 天孫降臨は何時か?ナラへの東征と時の証言
 《天孫降臨は何時か?ナラへの東征と時の証言
 「天孫降臨は何時か?ナラへの東征と時の証言

 《古代オリエント
 「古代オリエント

 《古代メソポタミア
 「古代メソポタミア

 《シュメール・シュメル
 「シュメール・シュメル

 《ウバイド
 「ウバイド

 《倭人(ウワイト)
 「倭人(ウワイト)

 《魏書倭人章
 「魏書倭人章

 《日本書紀・古事記
 「日本書紀・古事記

 《三国史記・三国遺事
 「三国史記・三国遺事

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 

 『My ブログ』
 古代メソポタミア
 歴史徒然
 ウワイト(倭人):大学講義録
 ウワイト(倭人)大学院講義録 
 オリエント歴史回廊(遷都)
 古代史つれづれ 
 古代史の画像
 ネット歴史塾
 古代史ブログ講座
 ネット歴史塾
 ひねもす徒然なるままに    
 「終日歴史徒然雑記」
 「古代史キーワード検索」

 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』事務局長:金原政敏
         
 『言語復原史学会:画像』

 『検索』
 GoogleWeb検索
 Google画像検索
 YahooWeb検索
 Yahoo画像検索
 翻訳と辞書
 リンクフリー〔UTF-8 対応版〕

 《参考》
 古代時代の考古学の最新発見・発表・研究成果
 最新の考古学的発掘の方法
 存在価値が問われる我が国の発掘考古学の現状

0 件のコメント:

コメントを投稿