2010年6月13日日曜日

石体高千穂宮と鬼道(3)


 出典:加治木義博:言語復原史学会
    邪馬臺国の言葉
    コスモ出版社
    181~185頁



 だが奈良朝以来の仏像様式とは

 かなり異なった点の多いことも事実である。

 謎をとく鍵は<竜虎>にある。

 この対照的配置は明らかに<青竜白虎>で東西を表わしている。

 とすれば本尊は南に位置している。

 南の仏は<南海古仏>の別称をもつ<観世音>であり、

 菩薩で女性ともとれる姿、
 
 さらには足下の蓮弁が海亀ともとれる姿であることとも結びつく。

 さらに<竜虎>が完全にインドネシア型式であることも

 この傍証となる。

 さらに後出の<カリー女神像>と比較すると、

 この画像が奈良朝以後の<仏像>と<ヒンドゥ神像>との間をつなぐ

 貴重な要素にみちたものであることがわかるのである。

 「コラム:金竜寺観世音菩薩像」(奈良県山辺郡金竜寺)

 頭上の二つの卵型のものは観世音菩薩鏡のものと非常に近く、

 中宮寺の国宝半跏思惟像その他では髯になっている。

 ことに注意を要するのは台座であって、

 蓮弁が上下に双開した型式になっているのは

 先出後出のシバ神カリー神像などにみる

 ネパール仏と同系統の特徴である。

 筆者が分析した我が国の古仏様式中これに属するもので

 特に意義深いのは

 三月堂の国宝<不空羂索観音>像などで、

 ヒンドゥ教の神像の象教たる

 第三の眼を額の中央にもっている。

 これもまた非常に古いタイプを止めた

 過渡期の観音像の一つである。

 『参考』

小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書

0 件のコメント:

コメントを投稿