2010年1月24日日曜日

弥生土器はどう作られたか

 出典:加治木義博
    日本人のルーツ
    保育社:カラーブックス

    <日本人のルーツ>-その探求の一方法-





 その台湾の山地民族アミ族の人々は、今も手ずくねで自家製の土器を作っている。

 こうして作ったものは乾かしてから、この庭先で後ろに見える薪を使って露天焼きする。

 弥生土器を焼いた窯跡は見つかっていないし、その焼き上がりの一致からやはり露天焼きで作られたとみる学者があり、瀬川芳則同志社大学講師はタイ国にも現在、露天焼きが残っていることを報告している。

 右上の写真中、製作中の双耳壺(そうじこ)は水運び用で、頭にのせて運び、底は丸い。

 その形は韓国の百済甕棺墓出土のものに近く、大阪市<難波宮跡>などから出た土師器の鍋とも、把手(とって)の位置などがよく似ている。

 土師器もまた露天焼き土器とみられる土器である。

<写真>

 ●双耳壺アトモを作るアミ婦人。
  木製のヘラで整型する。
  手前の花ビンは神前用。
  向かって右端は甑(こしき)。
  台湾嘉義阿里山にて。

 『参考』

 『歴史の画像』

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 小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書 『メソポタミア世界』  
 シュメル-人類最古の文明

 歴史徒然
 
 ウワイト(倭人)ウバイド
 
 歴史回廊(遷都)

 古代史の画像 

 歴史研究家「小嶋 秋彦」
 歴史学講座『創世』うらわ塾 

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