2012年11月17日土曜日

縄文・弥生期の東アジア稲作遺跡



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』事務局長:金原政敏
 『Yahoo!天気・災害』 

 ※出典:加治木義博言語復原史学会

 大学講義録 21 18頁



 「図」縄文・弥生期の東アジア稲作遺跡
 《縄文・弥生期の東アジア稲作遺跡
 「縄文・弥生期の東アジア稲作遺跡

 水稲稲作の移動は荷物を運ぶような簡単なものではない。

 それが理解できると、次ページの

 「魏代(卑弥呼当時)より前、

  戦国時代より後の中国とそれ以東で

 古代米が出土した遺跡の地図」が 正しく読める。

 在来説は今の北京(ペキン)よりまだ北東にある

 高句麗から朝鮮半島に入った水稲稲作が、

 次第に南下して遂に海を渡って九州北部に広まったというのだが、

 この地図ではっきり見てとれるのは、

 その北京以東、朝鮮半島のソウルに至るコースには、

 水稲は愚か、陸稲の栽培跡も、

 炭化米や籾殻すら全く出土しないという事実である。

 さらに注意が必要なのは、

 この地図の古代米は水稲に限らない。

 陸稲でも何でもとにかく米の遺物が見つかった場所を

 表示したものである。

 するとすぐ気づくのは、

 熱帯ヤポニカが栽培できる南中国に、

 古代米の出土遺跡が、たった一例しかないという事実である。

 その南中国に比べると、

 はるかに北にある日本列島には熱帯ヤポニカがあったのだから、

 ソナカらが南中国経由で日本に来たのなら、

 淅江(セッコウ)、福建(フッケン)、広東(カントン)といった

 亜熱帯地方は、

 この地図なら真っ黒になるほど古代米出土遺跡があるはずである。

 それがないこともまたソナカのコースは

 南海まわりの海上コースだったと立証している。

 朝鮮半島出土の米が熱帯ヤボニカなら、

 それは同族である

 倭人政治圏=九州以外からは絶対に入らないのである。

 「地図」

 古代米出土先史遺跡

 戦国・漢・魏代稲作関係地名

 『巨大な規模と意義と証拠力をもつ弥生水稲稲作』

 卑弥呼政権末期の弥生後期には、

 こうして静岡県にまで、

 熱帯アジア原産の「ヤポニカ稲」が普及していた。

 この事実はインド、東南アジアからの移住者が、

 間違いなく実在したことの裏書きである。

 この場合、弥生時代の開幕と、

 アソカ宣布団の発進時期が、ほぼ一致していることは、

 次のような理由から、決して偶然でなく、

 アソカ宣布団の先遣隊が水稲と共に銅鐸などのインド文化、

 宗教思想と器具制作者を、我が列島に持ちこんだとする以外ない。

 弥生前期は先ず遠賀(おんが)川土器が北部九州に普及し始め、

 水稲稲作が九州から急速に東方に広がって、

 列島人の主食に米が加わった時期である。

 土器は一人の技術者が製法を教えることもできるが、

 稲は貴重な種子と特殊な水田を必要とし、

 また長期にわたって水利を改善して守り維持し、

 肥料を収集生産し、

 病害虫や野鳥や野獣に荒らされるのを防ぎ、

 手順を予知し天災に備え、

 しかも生産物は主食だから、

 盗難を防ぎ村落を守る武装と武力も必要である。

 全てに大掛かりな労働力と団結力と管理力を必要とした

 初期の水稲稲作は、

 大規模な移民集団が来なければ、初期の栽培と拡張は実現しない。

 水稲稲作の九州本土への初期分布は、

 熱帯アジアからの大規模な移住者=すなわちソナカらが、

 確かに東南アジアを経て、九州にまでやってきた、

 そのコースを立証する確固とした証拠力をもっているのである。

 『「弥生時代」が始まった地点』

 ではなぜ?、

 北部九州の稲は、

 中国から朝鮮半島経由で伝わったと信じられていたのか?。

 それには研究と発表の粗雑さと、

 陸稲も水稲も原産地も区別できない

 「稲作文化」などという用語の粗雑さが、

 重大な錯覚を生み出す原因になった事実を、

 お話しする必要がある。

 1980と1981年(昭和55、56年)に

 福岡県から佐賀県にかけての

 玄界灘沿岸遺跡の発掘調査が行なわれたが、

 福岡の曲り田。

 佐賀の菜畑などの縄文晩期の遺跡から、

 大陸系磨製石器と金属器や糸撚(よ)り用の紡錘車(ぼうすいしや)、

 少量の大陸系土器などと共に、炭化した籾が見つかった。

 これが

 「稲作文化は朝鮮半島から北西九州に伝わった」

 動かぬ証拠だと発表され、

 大陸系の磨製石器や金属器は中国文化だから、

 それらと稲とが一体になった「稲作文化」は、

 中国から朝鮮半島へ、そして北九州へと伝わったのだ。

 と断定的に思い込み、

 それはもう絶対に覆えることのない

 正しい「定説」だと信じこまれて、

 自信に満ちて発表されたのである。

 たしかに中国では少なくとも

 5000年以上前から稲が栽培され、

 野生種も各地で見つかっている。

 「稲は中国か原産地だ」といっても間違いではない。

 産物名が主産地の名と共通するのは

 カボチャやモロコシがいい例だが、

 イネ・イナと殷帝国のインも同じで、

 3000年以上前に確かに稲作をしていた。

 中国が「稲作文化」の先進国だったのは真実である。

 『大学講義録19』

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 《25世紀間生き続けた奇跡のパーリ語
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 《倭人はどこから、何時やってきたか?
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 《仏教はいつ日本列島に到着したか?
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 《卑弥呼時代の国名語源一覧リスト1
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 《感嘆するほど精密な帯方郡使の当て字
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 《卑弥呼時代の国名語源一覧リスト4
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 《パーリ語は卑弥呼共立以後に普及した
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 《卑弥呼当時の連邦の人種構成
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 29 卑弥呼時代の国名語源一覧リスト5
 《卑弥呼時代の国名語源一覧リスト5
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 《古代メソポタミア
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 《シュメール・シュメル
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 《ウバイド
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 《倭人(ウワイト)
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 《魏書倭人章
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 《日本書紀・古事記
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 《三国史記・三国遺事
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 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 

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 古代時代の考古学の最新発見・発表・研究成果
 最新の考古学的発掘の方法
 存在価値が問われる我が国の発掘考古学の現状

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