出典:加治木義博:言語復原史学会
異説・日本古代国家
㈱田畑書店
106~109頁
たとえ外来語であろうが借用語であろうが、
捨ててはならないことは、お判り戴けたと思う。
では、その単語をどう処理するか。
先の本の著者は、単語の比較の方法として
『類似点が多いか少いか、大切な点が一致するかしないかを、
まず形式的に比較する。
そして共通な単語を探し出す。
この比較にあたっては、心得なければならないことがある。
Aの言語とBの言語とで、
まったく同じ形をしているものだけが
共通な単語だと思ってはならないことである。
例えば、ドイツ語で、名前のことをナーメという。
日本語では、関東で、名前をナメーということがある。
こういう共通の単語があるから
ドイツ語と日本語とはずっと昔に関係があった、
というようなことを考える人があるが、それはどうか。
そういう形と意味の似た単語は、
何千という単語をつき合わせて行けば、
その中に、いくつかは数えられるに決まっている。
ごく普通に使われる単語だけで3000はあるのに、
音の数は現代日本語では100である。
だから、偶然似た形の単語があるのほ無理もない。
英語で笑うことをラフという。
日本語では昔、ワラフといった。
だからこれは共通な単語である、
というのなども、誤りである。
勝手にワラフの<ワ>を取り去って比較してはならない。
そんなことをするのは、笑話には適当でも、
言語の系統の比較には、してはならないことである。
世間で行なわれている日本語の系統論の大部分は、
こうした笑話のたぐいである。
単語の比較で大切なことは、
同じ形をしているものを発見することではない。
音韻の対応を発見することである。』
これは原文のままである。
私達の名詞の比較の場合、
AとBが、まったく同じ形をしているものはほとんどない。
違っている中に共通点を発見しなければならない。
だが、ナーメとナメーのように類似したものは、
偶然だなどといって捨ててはならない。
「笑う」と「ラフ」くらい似ているものは
必ず何らかの関係があると考えて、
勝手に偶然だなどと取りのけてはならない。
私たちが取りあつかっているものは実に様々に変型している。
そこには余分なものがくっついたり、
大事なものが欠けたりしている。
それを取りのぞいたり埋めたりして復原するのである。
歴史というのは時間の経過に比例して、
風化したり苔がついたりするのが当り前なのである。
① namae ナマエ 日本語
na ナ 日本語
② nirwm ニルム 古朝鮮語
(irwm) (イルム) (朝鮮語)
③ mim ミン 中国(北)語
④ mijo- ミョー 中国(南)語
⑤ nama ナマ マレー語(インドネシア)
⑥ nan ナン ビルマ語
⑦ na-ma ナーマ サンスクリット語
na-mna- ナームナー サンスクリット語
⑧ ma ナ パンジャブ語
⑨ anun アヌン アルメニア語
⑩ namo ナモ ゴート語
⑪ ο-νομα オノマ ギリシャ語
⑫ nomen ノメン ラテン語
⑬ nombre ノムブレ スペイン語
⑭ name ネーム 英語
⑮ na-me ナーメ ドイツ語
代表的なものをあげてある。
この他にも多数の同源語が分布している。
(加治木原図)
それを、この言語学の方の常識?
に妨げられて逆のことをしては、
それこそ笑い話にもならないのである。
なおこれは余分なことかも知れないが、
この引例のナーメとナメーは、
日本のナマエを東端に朝鮮のイルム、
マレーのナマ、ビルマ語のナソ、
サンスクリットのナーマ、アルメニアのアヌン、
ゴートのナモ、ラテンのノメン、
スペインのノムプレ、イギリスのネーム等々々、
解き上げるのが、わずらわしい程の対応をもっており、
日本<人>とドイツ<人>はともかくとして、
日本<語>とドイツ<語>が、
共通の祖先をもっている部分があることが実証できる。
その類似は偶然などではなく、
研究すればするほど関係は深くなるばかりなのである。
これで学問の研究分野と研究法は
お互いに助け合うことのできないものであることが、
お判りになったと思う。
私達は同じ言語に属する名詞を扱うからといって
言語学をやっているわけではない。
それは同じ魚を使って一人は刺身を造り、
一人は中華料理の揚げ物をつくり、
一人は煮魚、一人は塩焼、一人は洋風のバター焼きをつくる、
といったようなものである。
めいめいが得意の腕をふるってこそ
美味い料理ができるのであって、
一人が魚料理はオレにまかせろといって全部油で揚げては、
どの料理も台なしになる。
学問も同じである。自分だけが専門家のつもりで、
ああしてはいけない、こうすべきだ、と、
他の分野に口出しをすることは、
科学者のすることではない。
『参考』
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
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