2010年4月11日日曜日

本当の出雲は何処?(1)


 出典:加治木義博:言語復原史学会
    異説・日本古代国家
    ㈱田畑書店
    165~166頁

 では、これらいくつにも分裂した話は、

 本当はどこで起った事件か?

 お知りになりたいと思う。

 そのカギが、

 この建の肩書の国名にある。

 そこにはっきりと書いてあるのである。

 もう一度それをあげてみると

 建依別(土佐)、
 
 建日向日豊久士比泥別(肥)、

 建日別(熊曾)、

 建日方別(吉備児島)

 の四つの国である。

 どこにも出雲という国名は見当らない。

 真実の事件は一カ所でしか起らなかったことに

 間違いないのであるから、

 いくら有名であっても、

 出雲は失格することになる。

 なぜなら、これらの国名は、国生み、すなわち一番始めから、

 『古事記』が書かれた当時までの二つの国名、

 すなわち土佐というのは後世の人々が用いていた国名、

 建依別というのは国生み当時の名前を伝えており、

 その間に、

 これら四つ以外をスサノオの命が占領したことがあれば、

 当然それは地名の上に反映して、

 もっと数多く、

 たとえば倭建(イタケル)別(出雲)と

 書かれたはずであるからである。

 では出雲という名は全くの架空であろうか?

 これまでの『記・紀』の選上者の態度からみて、

 それは考えられない。

 この建という証明つきの四つの国の中に出雲に

 相当する土地があって、

 あるものはその地名で語られ、

 あるものは国名で語られたために分裂が起ったと考えるほうが

 合理的である。

 その国はもう一つの伝承の持ち主である

 熊曾国以外ではあり得ない。

 それでなければ出雲からどうして熊曾国の話が派生したか

 証明が不可能だからである。

『参考』

小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書


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